連載:二人旅

「五つ星ホテル慶雲館」:大菩薩嶺②

「今食べた中で一品だけもう一度出しますよって言われたら何にする?」
「肉」
間髪入れずに息子は答えた。私もそう言った。自分で焼く甲州牛は、厚みも柔らかさも脂の入り具合も絶妙だった。

食事処は畳敷きにテーブルを置いた客室で、客は私達の一組だけ。窓の外には早川の源流がそれはそれは見事に流れている。澱みなどあるはずもなく、激流と言う程の険しさもなく、波頭の白と背景の新緑が絵画以上に美しい。

何室かに名前が掲げられていたから他にも客はいるはずだが、話し声はおろか気配もしない。

やって来るのは玄関先で私達を迎えてくれた若い女性だけ。