「背広」の日記一覧

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背広の行方?

会社勤めも、あと1年(~2023.09)まで。(これは,本人の希望です^^;) コロナ禍前までは、月1,2回は出張がありましたが ここ2年くらいは、年で1,2回。 また、通勤はカジュアルなので、 背広を観ながら、コロナ禍が続くから、このまま捨てカナ?と 「思ったら、泣けてきた」は、泣くほどではありませんが(「大阪で生まれた女」のより) なんか、有効活用したいと思います。 御世話になっ…

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祖父の背広

祖父が亡くなって数日すぎた、ある昼下がりのことでした。玄関前で釘打ちをして遊んでいた私の耳元に母の悲鳴がとびこんできました。 靴を履いたまま、あがりかまちを跳びこえ、奥の部屋へ走りました。母は祖父の茶色の背広を膝の上で握りしめ、嗚咽していました。 しばらくして、泣くのをやめた母は、背広の内ポケットに入っていた紙幣の束をつかみだし、私に見せました。百円札も何枚か混じっていましたが、ほとんどが千…

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背広を新調、20年ぶり

先週、筑波まで出張したときのこと。 何か、ベンチの座り心地が変だなとオケツに手をやってみると、何と何と、ズボンの股ぐら縫い目がズダズダになって避けている。ちうことは、下から見るとズボン下丸見え状態。 上着一枚着ているので、それが多少長いから、スマホでのぞき見されない限りは見えない。しかしながらチカンは男から女以外にも、その逆もあるはずで、万が一そういうのに出くわしたらと思ったが確率的に少ない…

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雪山で背広姿が流行っていた。 (日記516)

これからは季節が変わる。何かと登山上着を物色する事になろう。 そこで、変わり種を紹介しよう。  当時昭和三十年代は、綿製品に替わり、ビニロン繊維が出回り始めた登山衣装の軽量化幕開け時代だ。  純毛の背広が、重宝されていた。 親が着古したものだ。濃霧や多少の吹雪程度なら背広で行動していた。純毛の厚みが、袖や襟を、風から避けれた。  悪天候や高所稜線でなければ、ヤッケは携行してたが用いなかった。 …