趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

一休みして・・・母の話を(前編)

私の母は、22年前に亡くなりました。

57歳の誕生日まであと一月半という夏の日でした。

その前後の出来事はあまりに不思議な事だらけなので聞いていただこうと思います。

怖くはないと思いますが・・・。




22年前の6月24日、大ケガからやっと動けるようになった私は、嫁と娘を連れて熱海の実家に行きました。 
半年ぶり・・・くらいだったと記憶しています。

実家に着くと、家のあちらこちらにニンニクがぶら下げてあるのです。
 
「なにコレ?」

と聞くと、
  
「魔除けよ、魔除け」と母が笑っていいました。
  
ドラキュラじゃあるまいし、ニンニクが魔除けになるのか?と思いましたが、さほど気にはしていませんでした。



そして7月5日。

その日私は家族とともに平塚の七夕に行っておりました。

8時頃に、その頃売れていた”ヒップアップ”のコントを見てから嫁の実家の伊勢原に行きました。
リビングには、今日付け替えたという新しいエアコンが光っていました。
義父が自慢げに、
  
「今日付いたんだよ、これ」
  
と言いながら、リモコンのスイッチを入れました。
  
  
「パチッ」
  
 
ブレーカーが落ち、真っ暗になったのです。
 
「おっかしいなぁ・・・。さっきまでついてたのに」
  
首をかしげながら使っていない電化製品のスイッチを切り、エアコンのスイッチを入れますが、結果は同じです。
  
意地になった義父は真っ暗にしてまでエアコンをつけようとします。  
  
  
「暑いから帰ろうぜ」
  
  
小声で嫁にささやいて実家を出ることにしました。
 
40分程で当時住んでいたアパートに着きました。

娘(2歳)を車から下ろし、荷物を一つ下ろしたところで電話が鳴りました。
 
「はい、もしもし」
  
出てみると、私の実家の近くに住む従兄からでした。
  
「落ち着いて聞けよ。今、おばさんが倒れて救急車で運ばれたから、来れるならなるべく早く来い」
  
  
何が何だかわかりませんでした。でも、とりあえず近くに住む妹を迎えに行って、実家に向かうことにしました。
何故か、母の写真を3枚だけもって・・・。

どれくらいスピードが出ていたのか、どこを通って行ったのか、覚えていません。
  
実家に着くと、従兄の嫁さんが出迎えてくれました。
笑顔でこっちに向かってきます。
  
大丈夫だったのか?

従姉の顔は、近づくにつれて泣き顔に変わっていきました。
  
「残念だったね」
 


部屋に行きましたが、誰もいません。
 
実はどこかに隠れていて、
「ジャーン、びっくりした?」
なんて言いながら出てくるんじゃないのか?

そんな夢みたいなことを思っていました。
 
どれくらい時間がたったんでしょうか。
父が部屋に入ってきました。
  
「おい、伸久。しっかりしろよ」
  
半泣きになりながら父が言いました。
  
続いて、毛布にくるまれ、従兄たちに抱えられた母が入ってきました。
そして敷いておいた布団に北枕で寝かせました。

自宅を出るときに嫁の実家に連絡を入れてあったので、報告のためにもう一度電話をしました。
  
「夜分すいません。やっぱり駄目でした」
 
そう伝えた私に義母が
  
「そう・・・。何時だったの?」
   
と聞きました。

「10時半だそうです」と伝えた途端「えっ!」と声を上げたのです。
  
「実は、さっき気になって目が覚めたんだけど、枕元の時計が10時半で止まっていたのよ。
電池切れだと思ったんだけど、替えの電池がなかったからまた戻したら動き出したのよね・・・。」

と不思議そうに言っていました。

その後、枕元にご飯と水と線香を供え、ずっと母の傍らに座っていました。
 
その時の父の話が、とても不思議な話だったのです。
  
 

長くなるので後半に続きます。

コメント

BOSSさん

2013年09月24日 14:52

>け〜〜んさん

そうなんです。忘れられません。