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よくあるご質問

一休みして・・・母の話を(後編)

前編からの続きです。

  
 
その日は金曜日でした。

父が朝、少し頭痛がする、と母に言ったところ、母はさっさと会社に電話を入れて父を休ませたのです。
実は、母は仕事を休んだりすることが大嫌いな人で、私などどんなに体調が悪くても学校を休ませてはもらえませんでした。ましてや翌日は休日です。
「今日頑張って行けば明日は休みでしょ?」
絶対にそう言って会社に行かせる人なのです。
それが、自分で電話をして休ませたんだ、と父が言いました。
  
そのころの実家は、台所の改修工事をしていて、鍋ややかんが部屋の方に移動していました。母はそれを見て、
  
「お父さん、この鍋とかやかんとかをどこかに片付けてくれない?でないと私の寝るところがないのよ」
  
と言ったというのです。
  
母が寝ているのは隣の部屋。そこには誰も寝ていないのに”おかしなことを言うな”と思ったそうです。
 
また、その部屋は3階にあり、2階からの階段の途中に棚がこしらえてあるのですがそれについても、
  
「この棚も片付けてくれない?人がたくさん通った時に危ないから」
 
と言ったそうです。
  
夫婦二人で暮らしている家、そこをたくさんの人が通ることなどないのです。
何かなければ・・・。
 
「オレを休ませといてずいぶん人使いが荒いな」
 
冗談交じりにそう言って笑ったそうです。
 
  
昼は、父が好きな近所のうなぎ屋に行ったんだそうです。
その帰り道に、自分の兄の家が1軒、親友の家が1軒、甥の家が2軒あるのですが、すべての家に寄って話し込んで帰ってきたそうです。
ウナギ屋まで歩いて5分の距離です。なので、親戚の家などいつでも行かれるところにあるのです。なのに、何故か全部寄って長話・・・。


実家は銭湯を営んでいました。
看板を消して、いつもなら自分たちが風呂に入って終わりなのですが、その日は掃除をしたんだそうです。
男湯も女湯もきれいに洗い、そして自分もきれいにし、爪まで切っていたのです。

そして上に上がって横になって数分後、大きないびきをかきだした母をおかしいと思った父が明かりをつけたら・・・もう呼吸をしていなかったと云う事でした。
脳幹出血による窒息死。 母の死因です。

もう夜も遅かったので、父の実家(新潟)への連絡は翌朝にすることにしました。
そのころはまだ祖母が95歳くらいで健在でした。
翌朝、父が実家に電話をすると、まだ何も言っていないのに弟が
  
「嫁さんは元気かい?」
  
と聞いてきたそうです。
  
「いや、実は・・・」
と、事の顛末を伝えると、驚いた弟は祖母に、

「伸吉さんの嫁さん亡くなったってよ!」
と言いました。すると祖母は
  
「知ってるよ」
 
と言ったのです。
 
「昨夜、挨拶に来た」と。
 
行こう、行こうと話していながら不義理を続けた祖母に、いの一番に挨拶に行ったようです。



実は、私の家族は母が亡くなった翌日から軽井沢のペンションに遊びに行く予定だったのです。
朝5時に家を出て、3泊4日の予定でした。
もちろん携帯電話などまだなく、行先は誰にも伝えてなかったので、もしあと半日ずれていたら母の死を知らないまま旅行に行き、葬儀にも出席出来なかったでしょう。


翌日が通夜でした。
鍋ややかんが置いてあったところに寝かせた母に、たくさんの人が来てくれました。
あの細い階段を上って・・・。
  

 
そして、だいぶ時間がたってから聞いたのですが、嫁の実家の時計はあれ以来止まっていないそうです。
  

  
怖くなくてすいません。

コメント

BOSSさん

2013年11月24日 15:33

>ヘッジホッグさん

もう22年も前の出来事なのに、全ての事柄を鮮明に覚えています。

母の寝顔を撮らなかったのが唯一の後悔ですかね・・・。

グロッキーさん

2013年11月24日 15:12

素敵なはなしですね、、ありがとうございましたm(_ _)m( ´ ▽ ` )
暖かい気持ちになりましたm(_ _)m

Ann☆さん

2013年10月05日 08:51

………………… 空白の時間。

BOSSさん

2013年10月05日 08:45

>Annさん

"逢いたいと 思う時分に親は無し さりとても 墓に布団は着せられぬ"

まさにその通りですね・・・。

Ann☆さん

2013年10月05日 05:35

そう言って頂けるなんて…
嬉しいですね(*^^*)…
今になって会いたくて仕方ありません…

BOSSさん

2013年10月05日 00:20

>Ann☆さん

自分の最期を自分で決められる・・・。

善き人生を歩んだ者だけに許される特権なんでしょうかね・・・。

そうありたいものですね。

Ann☆さん

2013年10月04日 23:47

いいお話ありがとうございますp(^^)q
私も母もそうでした。
入院をしていたのにふと『もう、自宅に帰る。』と言い出し『もう、これ、しんどいからつけなくていいよ。』と、酸素マスクを外しました。そして
そっと静かに
父と二人だけの時に亡くなりました。

BOSSさん

2013年10月03日 10:21

>higosumireさん

息子としては誉めるのは照れ臭いのですが、
目立たず、華やかなところは無い人でしたが素晴らしい母でした。

でもやはり・・・最期は傍に居たかったです。

BOSSさん

2013年09月24日 14:55

>け〜〜んさん
  
親許を離れてから12年後でした。
思い返してみると、自分より相手、という考え方の人でした。

け〜〜んさん

2013年09月24日 12:37

最後まで
みんなの事を考えてくれたのですね

階段で怪我をしないように・・・・・

生前も 良く気のつく お母様だったのでしょうね  合掌

BOSSさん

2013年09月23日 15:28

>大阪チョコボールさん

逝きかたとしては理想ですよね。

最期に会えなかったのが心残りですが・・・。

大阪チョコボールさん

2013年09月23日 13:10

みんな死ぬ前は自分の死期がわかるんでしょうか。
きちんと準備を済ませて逝きたいのですね。

BOSSさん

2013年09月22日 20:55

>ニャイス!さん

みなさん、結構そう言う体験をされてますね・・・。

ウチの母も最後に会ったときに、無理矢理"子鯵の手開き"を教えられました。今まで一度もそんなことしたことないのに・・・。

でも、店をやったときにスゴく役に立ちました。

思い出すなぁ・・・。

ニャイス!さん

2013年09月22日 20:27

ご自分の最期の時が近づいているのがわかり、ちゃんと支度して逝かれるなんて。
ご立派なお母様だったことがよくわかります。

私の父は、転倒して頭を打ったのが死因でしたが、転ぶ前日に妹に無理やり自分の写真を撮らせていました。
それが遺影となりました。

BOSSさん

2013年09月22日 19:42

>ポン太さん

そうですか・・・
ポン太さんもそんなご経験がおありなんですね。

やっぱり、本来はみんなにそう言う能力があるんでしょうね。

お母さまとお姉さまのご冥福をお祈り致します。

BOSSさん

2013年09月22日 19:34

>タカシさん

はい、その通りですね。
苦しまないように魂を抜いてからみんなにお別れをさせてくれたような・・・。

不思議な出来事でした。

BOSSさん

2013年09月22日 19:31

>さっちゃん88さん

うれしいお言葉、ありがとうございます。
この話をするとき、いつも母を思い出しながらするのですが、ホンの少しだけ胸の辺りが暖かくなるんですよね♪


また読んでくださいね♪

さっちゃん88さん

2013年09月22日 18:05

最後のごあいさつで

会いに来たという話はよく聞きますね

私たちが見えないだけで

来てくれてるのかも。

お母様はご自分の身を清めて

お世話になった方達にご挨拶して逝かれたのでしょうね

生前のお母様の生き方、信念が垣間見れる気がします(-.-)

いいお話しをありがとうございます