趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

『歌の迷い道』(27)

? 満目百里雪白く  広袤(コウボウ)山河風あれて  
  枯木に宿る鳥もなく  ただ上弦の  月蒼し ?   (軍歌)

明治生まれの親父が時折り口ずさんでいたのがずぅーっと記憶に残っていた歌です。

軍歌にしては、しみじみと心が沈むメロディーで、私は湯船に浸かっているときに

思わず口をついて出てくる歌のひとつです。

むしろ反戦歌と言いたいような印象さえあります。長い間、歌の題名も分らぬまま、

この歌詞が七番まであるのも知りませんでした。

広袤山という山が中国か満州にあるのだと思っていましたが、これは東西南北の

意味なのだとか。 私の生前からあった歌ではなく、昭和12年の作。

講釈はともかく、父と私を結ぶ歌があるとすれば、この「ああ、我が戦友」は間違い

なくその一つです。

コメント

一休さん

2013年08月04日 13:22

としさんへ

〜としさんのトピックスやコメントはとても周到だと思います。

 事実や資料(データ)を大切にしていますし、一方論理的な結論をちゃんと押さえて(或いは押さえようとして)います。

 正直、としさんの前では”いい加減なこと”は許してもらえないと空気が充満)^o^(しています。
 それでいて、義理と人情をわきまえているんだぞとウィンクもされたりします。

 経験と勘を駆使する直感的帰納法(勝手な造語)の腕達者賞を贈呈。

くだんさん

2013年08月04日 12:59

一休さんへ (その2)

>短歌の難しさは、常に読む人によって世界が広がるように組み立て、言葉を選んでいく工夫が必要なところにもあると思います。

このことを考えながら、自転車でスーパーに食糧調達に行ってきました。(笑)

考えてみれば、僕の考え方、生き方はこの真逆です。

全体から部分へ、大から小へです。

あらゆることがこの考え方で、ここのコメントも多分そうなっています。

ま、「数学屋」で「技術屋」ですから、抽象的より具体的なものに興味が行くのは仕方ないのかもしれません。

◎ 数学者 技術者もどき 成れの果て

◎ 山を見ず 森ばかり見る うつけ者

くだんさん

2013年08月04日 11:51

一休さんへ

>短歌の難しさは、常に読む人によって世界が広がるように組み立て、言葉を選んでいく工夫が必要なところにもあると思います。

なるほど、なるほど。

これはひとり短歌だけの問題ではないのでしょうね。

川柳、俳句、そして都々逸にも言えることだと思います。

あまりに個人的経験、感想、意見は読む人の共感を得られませんね。

ポチが死んだ。悲しいなあ。

これでは「ああそうかい」で終わってしまいますよね。

他の人の共感を得るようにするにはどうしたらよいか…難しいなあ。

一休さん

2013年08月04日 09:14

さくらさんへ

>私の父は今の北朝鮮で鉱山の所長をしていましたが「人間の条件」の梶さんのような人でした。  (さくら)

〜そうでしたか。 朝鮮に遺した日本の植民地支配の”歴史”をどう認識し理解すればよいのか、今も共通の納得が得られないでいます。 お父上の「アイゴー」に含まれる思いは痛惜ではなかったろうかと想像いたします。

私は韓国につごう7年半住みました。韓国の人々の日本への屈折した思いは身体で理解していると信じており、どちらかと言えば”親韓派”とも見られる一面をもつ人間ですが、心の中は複雑です。

泣きながら「アイゴー」、笑いながら「アイゴー」、怒りつつ「アイゴー」・・・一言で言い表せない抑えがたい気分を表すに、そうとしか言えない場面はあるものです。たとえ親子でももどかしい思いを抱くことが多々あります。

>戦争はしてはならないことなれどこの世に戦が絶えることなし  (さくら)

〜諦念に似た気持ちがこの一首から伝わります。 それで十分じゃないでしょうか。

 敢えて申せば、総論に替えて具体的な事象を中心に据えれば訴求力が強まるかと思います。

 養子を硫黄島で戦死させた釈迢空(折口信夫)の歌を一例として挙げさせてもらいます。

? たたかひに果てし我が子を かへせとぞ 言ふべき時と なりやしぬらむ ?  (釈迢空)

歌人岡井隆氏はこの歌を次のように解釈しています。

≪この歌は、我が子を返せ、と言っているのではない。 いったん国に捧げた以上、それは言うべきではない。 だがやはりそう言わねばならぬ時がやってきたのであろうか。と自分に問いかけると同時に、350万人とも言われる太平洋戦争の、多くの死者に思いを馳せている。(中略) 一見すると愚痴めいて聞こえるこの歌は「言ふべき時と なりやしぬらむ」というゆったりとしたリズムと内省的なもの言いによって、「私」の歌から脱し、多くの親たちの心情を代表する「公」の歌へと転化している。≫

短歌の難しさは、常に読む人によって世界が広がるように組み立て、言葉を選んでいく工夫が必要なところにもあると思います。

さくらさん

2013年08月04日 07:22

一休さんへ
おはようございます

「歌の迷い道」も27回になりましたね。

最初から読ませていただいていますがなかなか歌が出来ません。

考えすぎると短歌の知識がないものですから前に進みません。

私の父は今の北朝鮮で鉱山の所長をしていましたが「人間の条件」の梶さんのような人でした。

技術屋で所長でなければ一番先に弾除けに使われていたでしょう。

そんな父でしたが軍歌を歌ったのを聞いたことがありません。

お酒を呑むとひとりでうつむいて「アイゴー アイゴー」と言っていました。

私は意味が分かりませんでしたが父の胸に去来したものは何だったのだろうと思います。


・ 戦争はしてはならないことなれどこの世に戦が絶えることなし

添削お願いいたします。

一休さん

2013年08月03日 07:46

としさんへ

〜親父が口ずさんでいるメロディーが体のどこかに沁みついていたようです。

 他にも渡辺はま子の「モンテンルパの夜は更けて」霧島昇の「誰か故郷を思わざる」などが

 あります。

くだんさん

2013年08月03日 06:23

一休さんへ

早いペースで「歌の迷い道」が続いていますね。毎回、楽しみに読ませていただいています。

しかしROM ばかりで申し訳ありません。

いや〜、短歌は奥深いですね。


今日のトピックスで、お風呂に入っている時に、お父様が機嫌の良い時口ずさんていた軍歌を、一休さんがくちずさむことがあるとは…ん〜、世代間ギャップでしょうか。(笑)


我が息子たちはどんな思い出を持つのでしょうか。まさか長唄や小唄じゃないだろうし。

ひょっとしたら「父は無趣味だった…」なんて思っているかも。(笑)