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よくあるご質問

『歌の迷い道』(30)

終戦の月がやってくると 「よく今まで生き延びたなぁ。」 という思いが湧いてきます。

短歌をつくる際、その思いがアクセルになることがよくあります。

次の歌もそんなときにできました。

? 軍手もて草引きをれば敗戦の日に燃えゐたるかげろふに逢う ?  (一休)
 (庭に生い茂った夏草を軍手を付けた手で引いていると、戦争に敗れたあの夏の日と同じ陽炎に包まれた。)

半世紀も前のことを何時まで引きづってるんだ!と自嘲しながら、「でもあれが自分の出発点だったじゃないか。」と自ら反論します。

人生とは陽炎のごとし、掴みどころがなく、しかし肌ではちゃんと感じている。 草を引くという行為は実人生を喩えたつもりで、ぼうとした感覚を感じ取ってもらえれば、と思ってつくった歌でした。 歌の背景を考えると、ここは「軍手」じゃなきゃいけないとのこだわりがありました。

コメント

一休さん

2013年08月07日 16:37

としさんへ

>靴に足をあわせよ (とし)

〜よく聞きました、その言葉。 靴擦れは本人が悪いんだとか。

  ゴルフクラブにこちらを合わせようとして、これまでずいぶん沢山叩きました。

 ● なぜか合わない  男と女  結婚前に  分らぬか

くだんさん

2013年08月07日 11:33

一休さんへ

終戦(敗戦)は僕が3歳のときでしたので、思い出といっても何もありません。

これはある意味、幸運と言えるでしょう。


軍手をして夏草を引き抜く、そんなときにも戦争の記憶がついてくるとは…悲しいですね。


軍手の起源は古く、江戸時代末期、近代武装訓練の時に鉄砲を素手でさわって錆びないように兵士に手袋をさせたことが始まりだそうですが、すでにこのころから日本軍の「人より物」を大事にする思想が芽生えていたのですね。

よく聞く話ですが、「足に靴を合わせるのではなく、靴に足をあわせよ」とは…なんともはや。

終戦まで日本には「標準化」という概念がなかったようですね。