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古代史に関心をもつ切っ掛けになった事柄は、いくつかあると思います。
例えば、遣隋使の記録として、『隋書』<俀(倭)國傳>と『日本書紀』とでは記載内容がまったく異なること。
しかも書記の筆者たちはそれを百も承知で、あたかもダブルスタンダードと思しきストーリーを臆面もなく上書しているのには、唖然として参ってしまいます。
その理由の一つとして例えば書紀に、推古15年(607)、聖徳太子が[大礼]小野妹子を初めて隋に派遣した…云々、とあります。
ところでこの[大礼]という位は書記によれば、派遣の3年前、推古11年(604)に、太子が「冠位十二階」を定めて初めて、一応わが国の正史に出現したものでしょう。
しかし『隋書』によれば、俀国王が開皇20年(600)に第1回遣隋使を出したとき、当然遣使に対して隋の司庁の聴取があり、彼らは次のように返答しています。
「内官には、大德、……、大禮、……、
小信と十二等級あり」と。
つまり太子が冠位十二階を制定する3年以上前に、すでに倭国には冠位十二階が制定されおり、施行されていたと言明しています。
『隋書』を読んだ大和王権は、いや、『書紀』編纂者たちが、大慌てで冠位十二階を主役である太子に作らせたのでしょうか。
それにしても『隋書』を読めば誰でも、多利思北孤の俀国が大和王権より先に、ほとんど類似の冠位十二階を実施していたことが分ります。
逆に云えば、大和は阿毎阿輩雞彌(大王)の管制を、第二回遣隋使派遣に合せて泥縄式に真似たと云われたら、一体どのように弁明するのでしょう。
この一事をもってしても、「書記信憑性の一大破綻」だと感じない人がいるでしょうか。
しかしそれにしても不思議なことは、
「こんな見え見えの田舎芝居を、
なぜ披露したのか?」
ということです。
『日本書紀』編纂者の中に、当該記事のデタラメを後世に伝えようとしたのでしょうか。
ここに合理的な趣旨があるのなら、ぜひお教え頂きたいと思います。
遣隋使に関しては、まだ他にも幾つか腑に落ちない箇所がありますが、とりあえず以上の件についてコメントを頂ければとお願いします。
このような不可解な疑問として、外にも幾つか浮んでおります。
(1) 法隆寺金堂の諸仏に装飾された
「光背銘」の記載内容
(2) 彷徨える王朝、
聖武の奇行の意味するものと道鏡の逸脱
などなどですが、自分が未熟なための的外れくらいに思っていましたが、次第に疑念が高まり、古代史の中に踏み入れた足が染められてきたようです。
このような「古代史の齟齬」について、わたしの及ばない理解の仕方を皆さま方からお教え頂ければと思います。
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コメント
ランマルさん
2021年06月01日 21:53
十四郎さん、
無学ですから、今回のコメント私なりに調べてこれはと言う説がありましたら報告させていただきます。ご教示ありがとうございました。
十四郎さん
2021年06月01日 21:45
ランマルさん、また拍手をいただきました皆さん、温かいお心遣いをありがとうございました。
ランマルさんのおっしゃる「文書の改竄」ですが、「どんな文書を、どのように改竄した」とのお考えなのか、ちょっとよくわからないのですが。
あるいは遣隋使の出来事を、
「多利思北孤王権を抹殺し、大和王権の歴史へと塗り替える」
という「歴史の改竄」とすれば、何となく理解できそうです。
たぶん書紀はそれを第一の目的にしているのでしょうね。
だとしたら何故、冠位十二階の施行が明らかになる「開皇20年、即ち推古7年(600)」以前に、聖徳太子にその<制定作業>をさせなかったのか? という大きな疑問が残るのです。
「大和王権の方が、多利思北孤王権より先んじている」という、上から目線の「歴史の改竄」をしようとすれば、開皇20年以前に太子がそうして初めて、成功するはずですね。
しかし書紀はあえてそれをせず、4年も遅れて類似の十二階を定め、堂々と多利思北孤王権の後塵を拝しているわけです。
ということは、書紀は、
「歴史の改竄などする意図はまったく無く、
多利思北孤王権の実在を素直に認め、
先進王朝への追従を、当然、甘受する」
と、云っているのでしょうか。
ではなぜ「隋」ではなく、「大唐国」などという幻の国へ、小野妹子を派遣したのでしょうか?
『隋書』には、
彼は勿論、蘇因高(=妹子)さえ、隋に来たとはどこにも記されないし、また、
彼に随行したという「大唐使人裴世清」なる人物も、どこにも居ませんね。
幻の国へ旅をして、幻の人とランデブーでしょうか。
(もっとも、「世」は避諱ゆえに省略とは、尤もらしく云いますが)
ランマルさん
2021年06月01日 14:29
こんにちは。せっかくの大作どなたもコメントしてません。
ずぶの素人のコメントですが、 先日Youtubeの分かりやすい日本書紀を見てたところ、日本書紀は国内向けに編纂されたと言ってました。戦前は古事記でなくこちらが主流だったと。日本人の国威掲揚の書だった。
そうした事から考えると、文書の改ざんが考えられませんか?
今でも為政者は文書の改ざんをしますよね。意図的。
ある小説なは、藤原不比等が藤原摂関政治を確立するために、日本書紀の編纂をさせる物語もありました。
素人の考えです。