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よくあるご質問

岩崎育夫「物語 シンガポールの歴史」を読んで

シンガポールは東京23区よりも小さな面積の国土に約500万人の人が暮らす都市国家だ。中国系、マレー系、インド系の民族から構成される多民族国家でもある。また、シンガポールはほとんど天然資源のない国なので、近隣のマレーシアやインドネシアの協力がなければ日常生活も成り立たない。しかし、シンガポールはそんな小さな国であるにもかかわらずGNPが高く、先進国の一員である。シンガポールはどんな歴史を辿って今に到っているのか興味があり、本書を手に取った。
 シンガポールに行くと今でもラッフルズホテルがあると思うが、イギリス人のラッフルズが今から約200年前に開発に着手した。当時は熱帯雨林が生い茂っていたそうである。イギリス領としてインドとの貿易の中継基地として栄え、中国やマレーシア(当時はマラヤと呼ばれていたらしい)、インドから出稼ぎに来た人が住み着き住民となっていった。そこへ日本軍がやってきて占領。自立意識が芽生え、戦後に独立運動が起こり当初はマレーシアの一部として独立。マレーシアがマレー人優位の国家であるのに対し、シンガポールは中国系が優位。民族対立が軋轢となり、わずか2年でマレーシアから追放となり、シンガポールは独立国家となった。
 マレーシアの一州だった時代からシンガポールは人民行動党が政権を握り、首相の座にあったのがリー・クアンユーである。シンガポールは資源もない小国だけに政府が株式会社のように国家を運営した。国民は自由がないという不満はあっても、経済成長によって暮しが向上するのは政府の政策のお蔭と分かっていたので人民行動党を支持した。リー・クアンユーは首相を1990年にゴー・チョクトンに譲り、自らは上級相に就任し引き続き閣内に留まる。2004年にリー・クアンユーの息子のリー・シェンロンに政権が引き継がれるが、リー・クアンユーは顧問相として依然として政府に影響力を及ぼし続けた。
 2011年の総選挙で野党が躍進。シンガポールも第3世代が主流となり、価値観の多様化が表面化。ようやくリー・クアンユー、ゴー・チョクトンが政治の第一線から引退。製造業で発展したシンガポールも金融、サービス業と主要産業を変遷させてきた。これまでは効率的な国家運営に注力してきたので、先進国であるにもかからわらず文化面での発展が遅れている。外国人の受け入れも制限し、中流以下の国民にも配慮が必要となっている。ある種、実験国家のような存在のシンガポールの動向は、今後の世界のあり方の参考として注視が欠かせないと思う。

コメント

のぶやんさん

2013年08月12日 15:39

くらみっちゃんさん、下北沢さん、コメントありがとうございます。20年ぐらい前にシンガポールは旅行で行ったことがありますが、TVで「One nation,one people,one Singapole!」とコマーシャルしていたのが印象に残っています。また行きたいなあ。

下北沢さん

2013年08月12日 07:16

りーさんの民主独裁国家ですが案外と民心は不満が多くこれからいろいろあるのでは?

くらみっちゃんさん

2013年08月11日 14:02

はじめまして。シンガポールに、相互お気に入りさんが住んでいます。面白そうですね。