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よくあるご質問

城山三郎「落日燃ゆ」を読んで

広田弘毅は九州に生まれ、実家の石屋を継ぐはずであったが、頭がいいのを周囲にも見込まれ大学まで進学。日清戦争後の三国干渉に憤りを感じ、外交官になる。当時の外務省のエース的存在の山座の下で外交官の何たるかを深く学ぶ。しかし、その山座が働き盛りの時期に北京で客死。親友も失い、人生の無常を感じて「自らは計らわぬ」ことを身上とするようになる。実力を認められながらも、傍流を歩み、オランダ公使で役人人生の上がりを迎えるかと思われたところから大きな転回が起こる。
 軍部の独断専行により満州事変が勃発。広田は対中国、ソ連を軸とした外交の重要性をかねてより主張しており、駐ソ大使を経て、外務大臣に就任。平和外交に奔走する。当初は軍部の思惑で始まった五相会議も外相主導にひっくり返し、軍部を抑えることに成功。その働きぶりが認められ、2・26事件後の首相に選ばれる。しかし、統帥権の独立を盾にする軍部の横暴は抑えが利かなくなり、首相を辞任。日本は泥沼の日中戦争、太平洋戦争へと突入していく。開戦当初こそ戦果を得て、国民も軍を支持。しかし、連合軍の反攻に追い詰められ、ポツダム宣言を受諾。戦争犯罪を裁く東京裁判が開かれる。
 広田は戦争犯罪の文官の主犯格と疑われるが、自ら戦争責任は自分にあるとして自己弁護を一切行わず、戦争犯罪人として処刑された。広田の平和外交を潰した軍人たちも、組織から離れた個人としてはごく普通の人間である。戦前の軍部の最大の問題点は、統帥権の独立を盾に組織が機能せず、無責任体制になっていた。例えば、関東軍が独断で国境を越えて紛争を起こしても、誰も更迭されていない。また、軍の独走だけでは国を挙げて戦争はできない。太平洋戦争の当初までは国民も軍を支持していた。その背景には不況で仕事がなく、生きるために国外の植民地が望まれていたという事情も本書で理解できた。

コメント

のぶやんさん

2013年09月01日 21:56

具美人さん、コメントありがとうございます。城山さんの「そうか、君はもういないのか」も読みましたが、胸が熱くなりました。

虞美人さん

2013年09月01日 21:53

はじめまして〜私も「落日燃ゆ」を読んでから、フヮンになりました
何回か読みなおしたほどです〜〜

のぶやんさん

2013年09月01日 17:07

マグワイヤさん、くらみっちゃんさん、コメントありがとうございます。尊敬できる偉人がいるってよいですね。

くらみっちゃんさん

2013年09月01日 16:02

わたしも 若い頃 夫の勧めで読みました。「終戦のエンペラー」を見たので、また、読んでみたいです。