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福島では、今も原発事故が進行中ー吉沢さんと松村さん、渋谷で訴えー

2013年 7月 30日 22:10
【取材ニュース】 <原発> <市民活動> <平和>
http://www.janjanblog.com/archives/98950
三上英次

 7月27日の東京電力発表によれば、福島第一原発のタービン建屋地下から延びるトレンチ(注:電源ケーブルなどを収納する地下トンネル)にたまる汚染水濃度は驚くほど高い。セシウム137が16億ベクレル/ℓ、セシウム134は7億5000万ベクレル/ℓ、ベータ線を出すストロンチウムなどの放射性物質も7億5000万ベクレル/ℓという値だ。それに先立つ22日には、東電は、原発の汚染水が海に流出していることを認め、漁業関係者からは海洋汚染を危惧する声が相次いでいる。いったい2011年12月に出された、原発事故の〈収束宣言〉とは何だったのだろうか――。


ハチ公前広場にいる人たちに、福島の現状を訴える「希望の牧場ーふくしまー」の吉沢さん(左)と、松村さん (撮影・三上英次 以下同じ)



 7月29日、議員会館での院内集会に出席後、〈希望の牧場 ふくしま〉の吉沢正巳さんが、NPO法人「がんばる福島」代表の松村直登さんとともに、東京・渋谷に現れ、若者であふれるハチ公前広場でマイクを握った。以下は、そこでの吉沢さんのスピーチ(要旨)である。



 これまで約40年間、東京で使われる電気(のおよそ3分の1)を福島の原子力発電所は作って来ました。みなさんの都会での生活を陰で支え続けて…それが〈3.11〉の原発事故で、私たちは避難民として放り出されたのです。

 原発事故は何ひとつ収束していません。そのような状況の中で、安倍政権は、国内の原発再稼動、そして原発の輸出をもくろんでいます。福島の事故をないがしろにしながら、日本を、再び「原発の時代」に押し戻そうとしているのです。

 福島県 双葉郡 浪江町――!

 ぼくらのふるさとは、放射能まみれの、“チェルノブイリ”になってしまった!

 そこでは米も作れない! 牛も育てられない! そこに戻る意味すら見出せない! 仮設住宅に住む10万余人は行き場のない無念の気持ち、いまも深い絶望の淵に立たされているのです!

 ぼくらは地震で家を壊され、津波で愛する家族を流され、そして放射能でふるさとから追い出され、昔の生活には戻れない状態になってしまった!


大都会・渋谷の人波と、大型モニターに映される途絶えることのないCM

 いま、東電・柏崎刈羽原発をめぐって、新潟県の泉田裕彦知事が再稼動に反対しています。もし、刈羽原発が事故を起こせば、今度は新潟が、いまの福島のようになってしまうからです。そうなれば、新潟で多くの人たちが築いて来た、ゆたかな暮らしは無くなってしまいます。

 原発事故から2年4ケ月――、人々の意識から、あの大震災や原発事故が少しずつ遠のき、この渋谷の街も、ますます電気に頼る都会になりつつあります。でも、そういう電気中心の、便利さだけを追求するような生活のありようを、改めて考える時期に来ていると言えないでしょうか。みんなで、電気のありよう、暮らしのありよう、そして生き方を考えましょう! 被災地・福島をないがしろにした、海外への原発売り込みなど、とんでもないことです。みんなで力を合わせて連帯し、今年を勝負の年にしましょう!



 続いてマイクを握った松村さん――大きくドスの効いた声の吉沢さんと比べて、吉沢さんの語りは朴訥(ぼくとつ)としている。「小さい力でいいから、どうか、みなさんの力を貸してほしい」――渋谷の町行く人たちにそう呼びかけた松村さんは、もともと畜産、酪農等とは無関係の仕事をして来た。そして、震災以降、「オレが居る限り、おまえたちを餓死させない」という“約束”を動物たちと交わし、現在も、原発から12キロ離れた富岡町の住まいでたったひとり奮闘している。現地では、今も吹き矢や麻酔銃を使った野良牛などの殺処分が行なわれているというが、松村さん方では、牛、ポニー、猫、犬、ダチョウなど60を超える〈いのち〉が、松村さんの庇護のもとに生き長らえている。

(了)

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