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よくあるご質問

ブルージュの鐘の響きを求めて〜聖子とともに世界を巡る?〜

聖子の武道館公演の余韻も覚めないままに出発した初めての欧州旅行、i-podもi-phoneも、あらゆる携帯音楽プレイヤーが使えないボッサクバーナ、果たして聖子の声なしの一週間、禁断症状に耐えられるか?だが、ヨーロッパ行きの全日空、しっかり聖子の最新アルバム A girl in the wonderlandが全曲、機内サービスで聴けるではないか!幸先の良い出だし。聖子の歌声に励まされ、今回の旅行の最大の目玉、憧れのブルージュへ。

というわけで、多くの聖子ファンの心に“ブルージュ”という地名をロマンチックに刻みつけたのは、82年の冬アルバムCandyの中のこの曲だ。→http://www.youtube.com/watch?v=xO6p4Yesl_Q

聖子が今に至るまでブルージュを訪れたかどうかは知らない。だが、この歌を吹き込んだ当時のハード・スケジュールでは、そんなことはもちろんありえなかったろう。だが、松本隆はそんな聖子に、恋にも仕事にも勉強からも離れた自由で気ままなひとときの幸せを歌いあげる曲を与えた。珍しくも恋愛が主題とならない曲なのだが、こうした恋人の気配のない曲、当時の聖子の曲ではこれぐらいじゃないだろうか。実際にはもう既に恋人もいて(もちろん、あの人のことね)、同時に寝る間もないくらいの忙しさに追いまくられていた聖子は、それだけに叶わぬ憧れの世界として、この詩の世界に深く共感できたのだろう。細野晴臣の作ったケッタイで振幅の激しい音の飛び方をするメロディーに所々つまずきかける箇所もあるが、心の底からの解放感を歌い上がる聖子の声が瑞々しい。松本から、まだ見ぬ、それどころか、それまで名前さえ知らなかったかもしれないブルージュの絵葉書でも見せられ、その夢から抜け出たような風景に陶然とする聖子の顔が目に浮かぶようだ。この京都を舞台にしたCMの動画での聖子の表情、この曲を歌った時にもきっと同じような顔をしたと思う。→http://www.youtube.com/watch?v=65YbYKWna5s

そして実際にこの目で見たブルージュ、なんでも中世にはヨーロッパ第二の都市として隆盛を誇っていたのに、15世紀以降突然に没落、20世紀半ばまで半ば忘れ去られたように打ち捨てられたのが幸い、かつての町並みがほとんど変化も発展もなく、まるでタイムカプセルに入れられたかのように残されたのだと言う。僕が泊ったホテルも、運河沿いではなかった(残念!)ものの、街中の恐らくは築数百年という旧い煉瓦作りの歴史的建物を改造した可愛いミニホテルで雰囲気は十分、エレベーターが無いため3階までスーツケースを持って階段を上がらねばならぬ事を除けば、ベタベタにならない程度に気さくで過不足ないサービスを提供するレセプションなど文句はまるでないものだった。そして、外に一歩でれば、そこにあるのは、運河、たくさんの旧い教会、広場に立つ中世から動かない銅像、石畳を駆け抜ける馬車→http://www.youtube.com/watch?v=tpqQntezmiw、そして、15分ごとに広場に鳴り響く街の中心にそびえる鐘楼からの鐘の音→http://www.youtube.com/watch?v=8VJ9D1bdr_o
まさにこの歌詞とサウンドがそのまま現実化したような美しく、そして同じように旧い歴史建造物をたくさん持ちながら、それがともすれば重苦しい重厚さに陥りがちなパリ、ミラノ、ベネチアといった都市とは一線を画す、小規模なゆえに軽やかなとてもメルヘンチックな可愛らしさに満ちた街だった。唯一、この歌と違っていたのが、ベレー帽のハンサムなおじさまたち、しっかり英語が通じた(苦笑)ので、これは当時の聖子ちゃんはアメリカ進出前で、まだ英語が今ほど達者でなかった、ということにしておこう。なお、ブルージュ(Bruges)とは英語あるいはフランス語での地名で、ここの住民たちはオランダにもう程近いこともあり、オランダ語が母語。そしてオランダ語ではBrugge、これはブルッヘと発音するそうだ。“ブルッヘの鐘”?今一つロマンチックな響きではないな。この発音だったら、松本隆は歌の舞台を変えていたかも(苦笑)。でも、街中にショコラティエ(チョコレート屋)が溢れかえり、スイーツの香りがどこにいっても漂うこの街ほど、Candyの舞台に相応しい所は他にはなかったはずだ。

最後に、そんな“時間の国”から抜け出たようなブルージュに捧げるに相応しい聖子の曲は…やはりこれでしょう。→http://www.youtube.com/watch?v=JLPh1nnQPMQ

この曲以降、松本隆はしばしば世界の美しい語感をもった地名を舞台にした曲を聖子に提供するようになった。それは、戦後日本がピークに向かう途中のふとした息抜きの最高のBGMとなるだろう。マイアミ、マウイ、マンハッタン、セイシェル、シェルブール、聖子の曲を通じてこれらの地名に憧れを抱いた同世代は少なくないはずだ。さて、それで次のボッサクバーナの旅は?セイシェル?いや、もう金が持たんな。

コメント

ボッサクバーナさん

2013年08月17日 00:40

今晩は(笑)。今回、ベルギーに行ったのは、もちろん、聖子の”ブルージュの鐘”が頭にあったからなんですが、もうひとつ、やはり30年くらい昔に、細野晴臣がベルギーに行っていて、すごくこの国のこじんまりとした中のレヴェルの高さ、繊細さを褒めちぎっていたんですね。それで、いつかここにはゆきたいなあ、と。で、今、思いあったったんだけど、“ブルージュの鐘”が82年の冬でしょう?細野氏がベルギー訪問したすぐ後に作った曲じゃない。つまりこの曲って、細野氏のベルギー印象記だった可能性が強いわけで、だから、音があんなにも見事な情景描写になっているわけだ。

おじさんたちね、ベレー帽かぶっていたのは一人くらい(笑)。でも、英語は本当に良く通じるの。観光都市ですからね。

しおれたきゅうりさん

2013年08月16日 10:09

おはようございます。

>それがともすれば重苦しい重厚さに陥りがちなパリ、ミラノ、ベネチアといった都市とは一線を画す、小規模なゆえに軽やかなとてもメルヘンチックな可愛らしさに満ちた街だった。

いやー、こういうのは、やっぱり世界を旅していないと出てこない言葉ですよねえ。
ただ言われてみれば、何となくそんなイメージはありますね、確かに。

>珍しくも恋愛が主題とならない曲なのだが、こうした恋人の気配のない曲、当時の聖子の曲ではこれぐらいじゃないだろうか。

ですよねえ、私も先日ボッサクバーナさんとお話している中で、そういえば、と思いました。

おじさんたち、ホントにベレー帽かぶっていたのですか?
それも驚きです(笑)