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よくあるご質問

少年兵志願の歌

終戦記念日も終わりました。以前から気になっていたのですが、少年兵志願者の
歌があります。この歌を歌い始めたのは記憶にありませんが、歌詞とかメロディーはっきりと記憶しています。
一番だけの歌詞を・・

胸につけたる紅の
若き誇りのこの印
今こそ我ら国のため
命捧げる時ぞ来ぬ
征けや御国の少年兵

私自身この歌詞のような気持ちで志願をしたのではありませんが、私より2年
前までに志願した若き少年兵は命を捧げました。
この歌が戦後今もなお歌われていますが、この歌のタイトルは「可愛いスーチャン」といいますが、この歌詞の一節に「お国のためとは言いながら 志願で出てくるバカもいる」志願兵の個人それぞれの志願の動機は異なっていても、
桜と散っていった彼少年兵を思うと、腹立たしさを覚えるのです。
彼等志願兵の意思でなくとも、最愛の家族に別れを・・。そのような志願兵の気持ちを考えたら、彼等を侮辱するような歌を大きな声で口にするべきでないと思うのはどうかと思います。

作者不明の歌ですので、公に歌う場合は河岸を変えて曲もありますが、全てそうあるべきだと思いますが、いかがなものでしょうか・・。

来年も終戦記念日が・・その時は歌詞を変えて公にするとかを考えてほしいものです。

誤字、当て字ありますが判読願います。

コメント

モリオさん

2013年10月09日 16:03

「少年H」を見ましたが、妹尾さんと私は同学年、だが外人を客としてるクリスチャンの洋服屋
、フオ−ク・スプ−ンで食事してる、私は大阪下町の職人の息子
見ててスッキリしませんね、

それに上げきれないほど嘘が多い、

例 戦時下須磨の海岸など立ち入れない
 
  中学校に小銃など置いてない(模擬銃なら有る)
  
空爆炎上中にミシンなど物など持ち出せない(焼夷弾の凄い火力を知らないのか)

戦時下で人前で「日本は負けてる、新聞は嘘だ」など言えるものか
  
特高に引っ張られて拷問までされて家宅捜査をしないてあり得ない

左翼青年が捕まるとき屋根に逃げ江戸時代の捕り物 風 等々 

原作よりは間違いはカットされてますが

私は軍事教育、死の間近な空襲も体験してる、あの映画みて何の感慨も無し、
戦時下妹尾家は無事で良かったね、目出度し目出度しだけ、
私はボロボロの服装で飢えて闇市を彷徨ってた、

原作「少年H」を作家の山中恒は、作中に夥しい数の事実誤認や歴史的齟齬を指摘した
「間違いだらけの少年H」て一冊の本を出された、

上下巻350万部の大ヒット作を出された妹尾さんは
恥ずかしいのだろう反論もせず、以後沈黙を守られた、

「共産党万歳」など戦後の自分の左翼思想と、後付け知識、思い込み、
年表だけで作られたと思う。

朝寝坊さん

2013年10月09日 13:29

私は昭和6年生まれですが、将に其の時代の少年でした。
 
過去の歴史に蓋をせずオープンにして、そこから色々と学んで頂きたいですネ。

其の時代の戦時下に生きた少年が、その当時何を考えていたのか。

洗脳されてしまっていたとは言え無知だったのですね。

モリオさん

2013年10月09日 00:54

可愛いス−チャンは、ズンドコ節、ダンチョネ節、などレコ−ドも放送もなく
民間で流行った俗謡です、

湖畔の宿の変え歌、タコの八ちゃんの歌も、可愛いス−チャンとおなじ
反戦歌と言うより、固い世間へのヒヤカシ、ガス抜きですね、
紀元二千六百年の替え歌もその類です。

少年戦車兵の歌は知ってるが、少年兵志願の歌て知りません、
可愛いス−チャンの曲で歌うのなら、真面目な歌詞でも
いい加減な歌でしょうね、

青少年の内で色んな歌が流行りました、ラバウル小唄も「南洋航路」
を作り変えて流行りました、レコ−ドも放送も無く広がりました、

以上上げた歌は公共の場所では唄えません、湖畔の宿、暁に祈る等
軟弱な歌、厭戦歌だと非難され唄えなかった、

情報管理下の特高・憲兵の恐怖政治の中で、口伝えで流行るて不思議ですね

コモリンさん

2013年10月08日 17:23

志願前の一時日本製鐵輪西製鉄所に養成校として入所。
休日には室蘭市内の映画館に・・その時しないでみた少年兵募集のポスターでした。最近このポスターをインターネットで・・御覧下さい。