三笠宮殿下

三笠宮が亡くなられた

三笠宮は小さい頃から一般の人からも童謡の宮様と親しまれ子供の本に“砂糖は甘くて美味しくて.....”など詩を書いておられた

大正.昭和.平成と100年も生き抜かれた

昭和の初めの国の人口が今の半分 国の生産高(GDP)は今の5%で何もかも乏しい時代だった (庶民の家には電球以外の家電製品はなくラジオもテレビもなく国産乗用車の生産もゼロ 国は短期間に急速に発展していった)

間もなく満州事変.支那事変が始まり世界大戦となり国中がボロボロになった

三笠宮は中国に出征 後に東条内閣打倒に加わり 戦後は紀元節復活反対などして非難を浴