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よくあるご質問

日本人女性の血と涙の滲んだ世界

1990年頃書いた私自身の文から抜粋した一部分です。短文ですが恐らく日本人町について書かれた最後のものと考えてております。この文が消えたら恐らくすべてが消え果る、と思われる『唐行きさん物語』です。

 シンガポールには、嘗て日本の各地にあった青線や赤線のような地域がある。日本では確か一九五八年頃、廃止になった赤線地帯である。私が経験したことのない世界である。しかし、今や「ジャパ行さん」という言葉が巷間に囁かれている。シンガポールのことをとやかく言っては可笑しいのかも知れない。

 私の家の窓から古い街並みが壊されつつあるのが見える。近い将来、近代的な街に生まれ変るものと思う。壊されつつあるあの地域は、1900年頃の最盛期には1000人を越えた「唐行さん」が客に媚びを売っていた地域である。その当時の街並が壊されつつある。何となく複雑な想いで歩いてみた。人々がもう住んでいない無人の街である。何時の時代に、この街から「唐行さん」が姿を消したものかはわからないが、苦界に身を沈めた女達の姿が、無人の建物と重なって見えるような錯覚に因れた。すーっと眼を閉じれば今にも「唐行さん」が声を掛けてきそうな気がしてならなかった。
 今シンガポールで、こんな「唐行さん」を知っでいる人は少ない。なにしろ遠い昔の話で日本人はおろか、シンガポーリアンでさえも知る人は少ないように思う。私は偶然この地域であることを書物で知ったが、庶民の歴史が消えて行くのは早い。この地域の、この建物が当時のものであることを知っている人は更に少ないことだろう。労働者達は自分達が壊しつつある建物が、そんな謂われを持っていることを知る由もないだろう。感無量1880年頃から40年近く続いた、日本人女性の血と涙の滲んだ世界が消えつつある。

 今日の午後、日本から来た観光客らしい若い二人の女性に、この街の話をしてみたが、なんの興味も示そうとはしなかった。消えて行くこの街に、なんの感慨も持たぬ時代が、この国にも既に訪れたのであろうか?

コメント

ワコワコワコさん

2013年10月14日 04:37

サムスンさん

サンダカン八番館の記述の中で、唐行さんの墓の話が出て来ますが、
シンガポールでも彼女たちは日本人墓地にたくさん眠っています。
残念ながら、行ったことがないので墓石の向きまでは知りませんが。

サムスンさん

2013年09月30日 07:17

以前 サンダカン八番館やじゃぱゆきさんは小説や映画で
話題になり私もそれでからゆきさんのことを知りました
今は時代が変わりそういうことを取り上げることもなくなりましたね

きのうたまたま六本木にある富士フイルムスクエアで
ふるさと琉球の写真展があるので足を運んでみました
その中には戦前の那覇のそういう女性の写真もありました

虐げられた女性たちの歴史を思うと今の私たちは
なんてしあわせなんでしょう