趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

「超古代からの挑戦状!縄文ストーンサークル編」 其之壱

BS放送なので地上波のNHKで再放送が期待できる番組です。
前回、投稿したのだが私はこの番組はなかなか出来が良い番組だと思う。

縄文時代はかなり永い期間に渡り続いて居る。
ヨーロッパでストーンサークルが作られた時代は「新石器時代」と言われている。
この時期は日本では縄文後期と言われているので、「ストーンサークルが作られた時期が同じ!」と言う事が出来るのである。

地球(ユーラシア大陸)の、東と西の大陸の果ての小さな島国(「英国と日本)で、ほぼ時期にストーンサクルが創られて居たと言うのは非常に興味の在る事だと思う。
現在と違い情報交換など考えられない時代と距離が離れて居るのだ。

この番組では「何故、ストーンサークルは創られたのか?」と言う謎解きに、縄文時代の三つの遺跡に注目して居た。

? 青森市の「小牧野ストーンサークル」
http://www.komakino.jp/komakinoisekidoko/komakinoisekidoko.html

番組を見た私の感想では、何故この遺跡を取り上げたかと言うと・・・・・・・
ストーンサークルを創った材料?の石は、遺跡近くを流れる川の河原から人力で運び、これらの建築工程の労働力確保や共同作業は古代人の組織力だったと推理して居た。

ストーンサークル作業の完成は、共通の場所の完成でその達成後の喜びが「祭り!」の原型ではないだろうか?と言う推理をしていた。祭りの始まりが古代人の公共設備の完成の祝い事!と言う推理は納得させられた。

? ストーンサークルが創られる前の古代集落と言う事で、青森県の三内丸山と岩手県の御所野遺跡が番組で紹介されていた。
私の興味を引いたのは御所野遺跡のストーンサークル?
http://goshono-iseki.com/

?マークを付けたのは、この縄文遺跡が最初は近隣集落の共同墓地として高台の様な集落を見下ろす小山の上に創られた「身内の埋葬地」だったと言う点だ。

此れが高台の広場に各自創られた。
此れが広場の中心から放射状に勝手に埋葬地を定め、川原石で囲って一族の墓地にしたと言う推理だ。始めは勝手な場所でサークル状には為って居なかったと推理している。現にこの遺跡の埋葬地を囲う石組は、発掘の全体像を見る限り、サークル状には為って居ないが、此れが「ストーンサークルの原型」と推理している点だ!

公共の埋葬地と整備されて行った後世のストーンサークルから円形に為ったと言う推理の様だとは、私の勝手な推理だ。

? 最後は秋田大湯の環状列石だ。
日本のストーンサークルの先駆けと為る有名な古代遺跡だ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B9%AF%E7%92%B0%E7%8A%B6%E5%88%97%E7%9F%B3

番組がこの遺跡を取り上げたのは、狩猟から農耕へと変化して行く縄文人が季節の代わり目を知る事が農業の生産性を上げる事から、暦や天文学に興味を持ちストーンサークルを創ったと言う推理だ。

番組で推理している「ストーンサークルの謎」は、全て英国や欧州あたりでも推理され尽くしているのだが、ストーンサークルの原型説はヨーロッパには無い推理だと思う。

取り敢えず本日は此処まで!

コメント

山下亭さん

2013年08月25日 11:57

みちさん 

縄文時代は約一万年間続いたと考えられて居ますから、この様に各地の遺跡を時系列に表示して頂くと非常に判り易いですね。
有り難う御座います。


少し補足して置きたいと思います。

◎御所野遺跡(岩手)
 4500〜4000年前(BC2500〜2000年)

>村の中心に墓があった(ストーンサークルの原型? 山下説)

この点ですが、テレビで見た限りでは・・・・・・・・
墓地の在った処は広場に為って居て、家族か一族かは判りませんが、其々の埋葬地は別々で広場の全体像を見ると(発掘跡)、広場の中心からほぼ放線上の広がりの円形状(勝手な埋葬地の為、円形には程遠い状態ですが・・・・)に、各自の埋葬地の石組みが発掘されて居るようです。

此れが長い時間の経過の内に、円形線上に埋葬されたのでは無いか?
ストーンサークルの原型説と言う私の古代ロマンの推理です。


> 河原の石・2900個(200年間少しずつ作っていた)
この様に恐らく集落が存続する限り、聖地とも見なされた埋葬施設は存続した物と思えます。

此れから、まだまだ縄文遺跡は新発見される可能性が在ります。
その度に推理ロマンは変わり、我ら素人は勝手な持論を述べながら「古代推理ロマン」が楽しめると言う事のようですよ!

三内丸山の発見!は大騒ぎで、昨日の様に思い出せますよ!

みちさん

2013年08月24日 12:35

山下亭さん、

青森の三内丸山遺跡を、ホームページで見て見ました。

まだストーンサークルは、なかった時期ですね、
でも、土坑墓の説明に、「環状配石」があると、書いてありました。 円形という発想は、すでにあったのでしょうか?

ちょっと古い順に整理してみました。

◎三内丸山遺跡(青森)
    5500年前(BC3500年頃) 
    巨大集落、環状配石のある土坑墓があった。

◎御所野遺跡(岩手)
    4500〜4000年前(BC2500〜2000年)
    土屋根の竪穴住居(大・中型)
    普通の竪穴住居(小型)
    村の中心に墓があった(ストーンサークルの
                  原型? 山下説)

◎小牧野遺跡(青森)
    4000年前(BC2000年頃)
    集落はない。
    ストーンサークル 直径35m
    河原の石・2900個(200年間少しずつ作っていた)

◎大湯環状列石(秋田)
    4000年前(BC2000年頃)
    ストーンサークル 直径45m 2か所
    石の数・7200個
    日時計状組石、
    土板(数?)
    石の下に、墓穴