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よくあるご質問

<伊勢神宮と出雲大社の遷宮の講座を受講する>

日曜日、朝の10時からの開催で、大好きなフリーマーケットの後ろ髪引かれる思いを断ち切って半蔵門線で都心に向かう。

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中央政権と出雲の国の大社との関係が私には理解できずに不思議に思っていた。
今回の受講で何と無くその理解の糸口にたどり着いた様な気がする。

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伊勢神宮も出雲大社も古事記や日本書紀に記されている事を根拠に、物事が考えられていいる。此処で「記紀」を読み学ぶことが重要だと気づかせられる。

建物様式や祭祀が述べられているので、現在の建物やお祭りの仕方は連綿と受け継がれて来た伝統文化だと言う事が解かる。

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遷宮行事もこの伝統の一部である事が解かる。
伊勢神宮は20年毎に隣の敷地で神殿が新築されて、神様が新居に移動するのが遷宮行事だ。出雲大社の場合は60年毎の修理、改築という事だ。

神々の事情は判らないが、遷宮行事の大切な事の一つに技術の伝統的な継承という役目が有る事で、私は遷宮の意味が納得だ。

植林、山の建材管理から運搬、造営方法や全ての建造技術の継承が伊勢神宮の場合、20年毎に次世代へ受け継がれて、日本の伝統技術や文化が途切れる事なく継承されて来たのである。

以前、テレビ番組で見た記憶があるのだが・・・・・・・
伊勢神宮と出雲大社の建造物と同じ様な造りの遺跡が見つかったと言う番組だった。その遺跡は奈良県のマキムク遺跡と言う処だ。

三輪山西麓に東西約2.5km、南北約2kmに広がる纒向(まきむく)遺跡。
2009年発掘の柱遺構は、3世紀中頃までの建物としては国内最大規模。「卑弥呼の居館か」と話題騒然となった。
纒向はヤマト政権発祥の地と考えられている。弥生時代に過疎地域だったにもかかわらず、突如として大集落が形成されたこと。集落の規模が同時期の他集落よりはるかに大きいこと。農耕具がほとんど出土せず、遺跡内ではいまだ田畑跡が確認されないことなど、政治的な意図のもとに「都市」が形成された可能性が説かれている。
この地方は箸墓古墳も近く、古墳時代(前方後円墳)の始まりの地とも言われているらしい。この遺跡の建物は直線上に3棟の建物が並び立つと言う珍しい物だと言う。
纒向遺跡の建物と伊勢神宮と出雲大社の関係は次回にしたいと思います。

コメント

山下亭さん

2013年09月26日 11:50

六甲山みかげ石さん

日本の伝統文化や技術を後世に伝える義務がありますね。
国を挙げての支援が必要ですよね?

遷宮が出来なく為ったら・・・・
日本の伝統文化や建設技術の崩壊ですね。

六甲山みかげ石さん

2013年09月25日 10:16

>遷宮行事の大切な事の一つに技術の伝統的な継承という役目・・・
伊勢にお参りに行き、「せんぐう館」を見たのですが
正にそのことが目で見える状況でした。
技術の完成度は、今より素晴らしいと思います。
継承しなくては、ダメ!!と言えるものに感じました。