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よくあるご質問

「金のひしゃく~北斗七星になった孤児達」

首題の絵本が出版されたとの事
著者:増田昭一(75)

丹東育ちの友よりメール有り,満洲からの引き上げを思い出し
同年代であろうこの孤児達のはかない命が散って逝った事に
思わず涙が溢れ出て心が痛みました。
著者をご存じの方もいらっしゃると思います,この絵本を読まれた方も有ると思いますがここに紹介します。マイク

長春
難民収容所で疲労、栄養失調、病気などでばたばたと日本人が死んでいくのを見るに見かねて新京敷島地区日本人会の有志の方々が2週間に1度炊き出しを始めます。
炊き出しに集まった人たちの中に4人の子どもが居ました。
その子供たちは皆、孤児で栄養失調になり下痢も止まらず、這うようにやってくる子もいました。
「お肉が入ってるぞ」と励まされやっとやっと歩いて炊事場までやってきます。
おじさんは彼らに言います。
「みんな早い。それにみんな元気だ。よかったよかった。今日はおじさんの大サービスだ。挽肉入りのおかゆだよ」
おじさんが「元気だ」と言ったのは彼らを励ますためで、彼らは長くても1ヶ月持たないことが分かっていました。
孤児たちは味を噛みしめながら嬉しそうに食べました。
生きて日本に帰れたらおじさんに何かお礼がしたいと思いました。
でも彼らは自分たちが長く生きられないことを知っていました。
足首が片手で握れるようになったら2〜3週間、下痢をしたり食べるものが欲しくなくなったら数日、這いずるようになったら3〜4日、手足の感覚が無くなり、動けなくなったら1〜2日、熱が出て意識無くなったら間もなく死んでしまうことを。

2週間経ち、炊きだしの日になりました。
お正月なので難民の人たちにもお正月らしい食事をと、豆腐の味噌汁とご飯という献立でした。
おじさんはあの子供たちも喜んでくれるだろうと上機嫌でした。
難民の人たちにご飯をよそって味噌汁をついでいきますが子供たちは現れません。
おじさんは4人分の味噌汁とご飯を残して待っていました。
するとそこに一人に中年男性が現れ一枚の紙切れを渡されます。

 おじさん、お世話になりました。豚のお肉の入ったおかゆ、本当にありがとう。とても美味しかった。おじさんが言ったように、ひとさじひとさじ、味を噛みしめながら食べました。
 僕たちの大好きだった、死んだお母さんの味がしました。食べながらみんなで泣きました。
 親切にしてくれたおじさんに、何かお礼をしたいと思います。みんなで、色々考えました。もしも、生きて日本に帰れたら、みんなでお金を出し合って、金のひしゃくを作って、差し上げようと決めました。
 金のひしゃくに決めたわけは、あの美味しいおかゆをよそってくれたひしゃくは、僕たちには金のひしゃくに思えたからです。
 でも、それができないことが分かったんです。おじさんごめんなさい。
 どんなに日本に帰りたくとも、帰れないということが段々分かったのです。
 生き残った一人が、お礼を言うことに決めたのです。
 でも、僕もおじさんにお会いすることはできないでしょう。手や足に力が無くなってしまいました。目もかすんできました。
 最後に、おじさんに僕からのお願いです。おじさん、夜お空を見て下さい。ひしゃく星(北斗七星)が見えたら僕たちがおじさんに贈った金のひしゃくだと思って下さい。
 キラキラと瞬いて見えた時、僕たちがおじさんありがとうと、声を揃えて言っているのです。僕たちはお星様になって、おじさんが、家族揃って日本に帰れるように護ってあげます。
 おじさん、本当に優しくしてくれてありがとう。
 さようなら
       優しい炊事場のおじさんへ

おじさんは声を上げて泣いたそうです。

コメント

マイク (Mike)さん

2014年08月28日 11:29

マイク (Mike)さん  「金のひしゃく~北斗七星になった孤児達」 9月16日 14:33

首題の絵本が出版されたとの事
著者:増田昭一(75)

長春
難民収容所で疲労、栄養失調、病気などでばたばたと日本人が死んでいくのを見るに見かねて新京敷島地区日本人会の有志の方々が2週間に1度炊き出しを始めます。
炊き出しに集まった人たちの中に4人の子どもが居ました。
その子供たちは皆、孤児で栄養失調になり下痢も止まらず、這うようにやってくる子もいました。
「お肉が入ってるぞ」と励まされやっとやっと歩いて炊事場までやってきます。
おじさんは彼らに言います。
「みんな早い。それにみんな元気だ。よかったよかった。今日はおじさんの大サービスだ。挽肉入りのおかゆだよ」
おじさんが「元気だ」と言ったのは彼らを励ますためで、彼らは長くても1ヶ月持たないことが分かっていました。
孤児たちは味を噛みしめながら嬉しそうに食べました。
生きて日本に帰れたらおじさんに何かお礼がしたいと思いました。
でも彼らは自分たちが長く生きられないことを知っていました。
足首が片手で握れるようになったら2〜3週間、下痢をしたり食べるものが欲しくなくなったら数日、這いずるようになったら3〜4日、手足の感覚が無くなり、動けなくなったら1〜2日、熱が出て意識無くなったら間もなく死んでしまうことを。

2週間経ち、炊きだしの日になりました。
お正月なので難民の人たちにもお正月らしい食事をと、豆腐の味噌汁とご飯という献立でした。
おじさんはあの子供たちも喜んでくれるだろうと上機嫌でした。
難民の人たちにご飯をよそって味噌汁をついでいきますが子供たちは現れません。
おじさんは4人分の味噌汁とご飯を残して待っていました。
するとそこに一人に中年男性が現れ一枚の紙切れを渡されます。

 おじさん、お世話になりました。豚のお肉の入ったおかゆ、本当にありがとう。とても美味しかった。おじさんが言ったように、ひとさじひとさじ、味を噛みしめながら食べました。
 僕たちの大好きだった、死んだお母さんの味がしました。食べながらみんなで泣きました。
 親切にしてくれたおじさんに、何かお礼をしたいと思います。みんなで、色々考えました。もしも、生きて日本に帰れたら、みんなでお金を出し合って、金のひしゃくを作って、差し上げようと決めました。
 金のひしゃくに決めたわけは、あの美味しいおかゆをよそってくれたひしゃくは、僕たちには金のひしゃくに思えたからです。
 でも、それができないことが分かったんです。おじさんごめんなさい。
 どんなに日本に帰りたくとも、帰れないということが段々分かったのです。
 生き残った一人が、お礼を言うことに決めたのです。
 でも、僕もおじさんにお会いすることはできないでしょう。手や足に力が無くなってしまいました。目もかすんできました。
 最後に、おじさんに僕からのお願いです。おじさん、夜お空を見て下さい。ひしゃく星(北斗七星)が見えたら僕たちがおじさんに贈った金のひしゃくだと思って下さい。
 キラキラと瞬いて見えた時、僕たちがおじさんありがとうと、声を揃えて言っているのです。僕たちはお星様になって、おじさんが、家族揃って日本に帰れるように護ってあげます。
 おじさん、本当に優しくしてくれてありがとう。
 さようなら
       優しい炊事場のおじさんへ

おじさんは声を上げて泣いたそうです。

ほそうでさん

2013年09月17日 10:18

字が涙で見えなくなりました。

難民孤児たちを書いた本のなかで 特に「金のひしゃくー」は

心に沁み入りました。

 今の子供たちにも つたえたいです。

奈々さん

2013年09月16日 19:08

私もこの本を持っています。
68年前15才の私も同じ長春にいて、
毎日のように使役に出されて、仲間や同じ団の
遺体を、大八車で日本人墓地へ埋めに行っていた。
若しかして、すぐ隣にあの孤児たちがいたのかも
知れないのですね。

おや!たぬきさん

2013年09月16日 18:36

読んでるうちに、目頭が熱くなってきて、字がかすんできました。

悲しい話ですね。

新京での悲劇、「チャーズ」遠藤 誉著の本を読んだところでした。

戦争はこりごりですね。

罪もない子供がこんな悲惨な思いをさせられるとは・・・

いろはさん

2013年09月16日 15:01

わたしも、泣きました・・・・。

金のひしゃく・・・・、お話しですね・・・・。