明智光秀は地元では「善人領主」だが・・・真実!

最近、あちこちで埋もれていた「一次古文書」の発見が相次いでいる

◆光秀の出生地は滋賀県多賀町「左目」である・・・土岐の出身ではない

*<古文書=江侍聞伝録の発見>
今年1月滋賀県立図書館でこの古文書「こうじもんでんろく=江侍聞伝録」が発見された
 この記録は1672年(寛文12年)に書かれ全二冊でなり 中世の近江国の土豪・地頭の家系が地域ごと記されている

この記録の著者は木村重要で近江神埼郡(現在の彦根市 東近江市辺り)の人物である

調査した県教育委員会の専門家は「成立年代がはっきりと分かり、光秀の出生地を記した最も古い史料」だと指摘している