趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

『短歌をよもう♪【歌会】』9月投稿歌の発表

『短歌をよもう♪【歌会】』9月投稿歌の発表です。
9月は題詠が30首、自由詠が8首寄せられました。ありがとうございました。
今回は自由詠が少ないので、題詠・自由合わせての発表となります。
--------------
★題詠の部★

1.くれないに燃え尽き落ちる夏の陽に荘厳ミサの曲聞こえて

2.さそふがに緋は零れ落ちたなごころいささ浮かせて入る身八つ口

3.ショッキングピンクとがらせ鶏頭花はみ出すものは無数の光

4.そそくさと追い抜いて行く紋黄蝶一足先に左へ折れる

5.ビルを焼き地を焼き路地の空気まで焼いて太陽赤く落ち行く

6.ゆく夏の送り火とせん赤とんぼ 指の先より空へ放ちやる

7.一条のけむりと化せし君を送る葬場に降る鈍色(にびいろ)の雨

8.宇治川に篝火盛り闇に浮く女の鵜匠の顔ばせ白し

8.黄と青のふたりだったら木も森も創れると思う絵の具溶くとき

10.黄昏の光の中を猫歩む見られているのも気付かぬままに

11.我が校の校旗の色は紅色で早稲田闘争の血の色と聞く

12.灰皿につもる吸殻ながめては 明日の肺色を心配する

13.久々の晴れ間がのぞく空の下はらりと落つる白百合のあり

14.群青の海より生じし我らには心安らぐ海(あお)はふるさと

15.再びは目見えぬ(まみえぬ)人か寄り添いて蛇の目の赤に染みしほほ笑み

16.赦された思いひろがるやはらかに 嵐ふきやむ竹林はあを

17.秋の夕、茜、薄紅、菖蒲色、ビルの谷間にパノラマを見る

18.純白の乙女が着ているカーディガン今は亡き子の姿が浮かぶ

19.青き地球(ほし)宇宙に浮かぶその中で蠢く人の色は何色

20.石段を駆ける少女の夏祭り浴衣の裾の白き足跳ねる

21.船べりに立ちて投げたる白菊の漂う海は群青に凪ぐ

22.太きへび吾を無視して悠々とあぜを横切る盛夏白日

23.庭石を沈めるように苔みどり花は影なりまだ色もたぬ

24.曇天の蝉の声なきふるさとは人の影なき鈍色の街

25.日焼けした肌にぽつぽつ黒点の躍るさまみてゆううつやまい

26.白き指青いサファイア飾れども褒めし人無くスタバに独り

27.木橋より投げし小石が思いよりおそく沈みむ白く光りて

28.木曽ねずこ下駄がかつこん吊り上げる甚三紅(じんざもみ)なすをんなの踵

29.幼子のお河童ゆらゆら蓮華田のれんげゆらゆら風は桃色

30.琥珀色の髪せる少女ブランコ漕ぎて白きサンダル天を蹴る

--------------
☆自由詠の部☆

31.リビングの窓に嵌りし空のいろ酷暑はすり足に過ぎてゆくらし

32.夏休み孫が明日来る昂ぶりの大きさほどの西瓜買い来る

33.甘辛のたれの煮こぼれ香ばしく今治焼豚玉子めし盛る

34.指宿を「いぶすき」と読む不思議さを砂を思いて活字を見つむ

35.真四角の家より出て来る男あり鰓張った顔下駄鳴らし行く

36.線香の煙一筋滲み出て網戸の外を漂いて消ゆ

37.白銀の酸化ウランが黒潮に食物連鎖の仕組みに溶ける

38.悲しみの先にはきっと花が咲く 今の痛みを抱きしめていよう

---------------------------------
今回はいつものように二首のコメントと、選歌あり(一首のみ・点数なし)で行ないます。
今回も自分の歌の次の歌・その次の歌、二首についてコメントしてください。
最後の番号の人は前の番号に戻ってコメントしてください。

また題詠・自由詠あわせて、良いと思う歌を一首のみを選歌してください。点数はありません。
投稿歌はランダムに掲載されています。数日後に作者名を発表します。
自由コメントは大歓迎です。
よろしくお願いします。

コメント

グレイさん

2013年09月23日 10:19

まだ評を出していませんでした。
ずいぶん遅くなり、迷いましたが、やっぱり書かせていただくことにしました。

10.情景を素直に詠まれていますが、下の句の作者のまなざしに親しみがあり、
   こころよい余韻です。

11.上の句の印象が、下の句で劇的に変化する展開が魅力的です。

34.好奇心とか空想力とか、若々しい視点を感じます。
   文字に対する感性を好ましく思いました。指宿には砂風呂がありましたね。

35.想像が愉しく広がった、ドラマティックな歌でした。
   新鮮さに目を覚まされました。

遅くなって、ほんとに、すみません。
今月は好きな歌がたくさんありました。

ゆうすいさん

2013年09月22日 14:45

chizさん
歌の評は、歌の向こう側にいる作者を評しているのではありません。
歌そのものの表現方について、それぞれの感性で論じているのではないですか?
10人いればその感性がその歌がよくなるために意見を出すのであって、その中に作者が入る場合も、入らない場合もありますが、決して作者を評しているのではありません。
ですから、歌に対する考え方や様々な思い入れはあっても、作者に対する感情など入る余地はないのです。それが歌会におけるバトルです。
これを勘違いすると、プライドを傷つけられたなどと感情的になって、変な方向に行ってしまうのです。
雪しまきさんの言うように、「評を受ける場へ提出したらもう作者のもではなく、歌ははまな板の鯉」で、(作者でなく)その歌は様々な感性による評を受けるのです。

chizさん

2013年09月22日 11:20

ゆうすいさん、nagareさんのおっしゃることはごもっともで理解しているつもりです。
ありがとうございました。

ゆうすいさん

2013年09月22日 10:28

ライトさん、chizさん
nagareさんが紹介されたことを理解されていないようですね。
これを甚だ失礼なことというのでしょうけど。
さて、我々は、「歌を詠む、作る」というもっとも言葉を大事にする趣味に興じている仲間です。小生の言葉尻をとらえて批判されていますが、各自が、「意志を伝える。」、「表現する。」際には、言葉は慎重に選び、使うべきで、また、その言葉に責任を持つべきです。
小生が使った「作者の独りよがり」を挙げて、貴殿も同調して「甚だ失礼だ」と批判されています。自分の言葉に責任を持つことが大事なので、その時も丁寧に説明しましたが、再度申しましょう。
「独りよがり」[名・形動]他人の意見を無視して、自分だけでよいと思い込んでいること(大辞泉)
ペガサスさんは、自分の歌の評者に対して、「「これはピースボートがラバウルに入港する前に行われた「船上の慰霊祭」です。したがって、「船べりに立ちて」は必要な言葉」と述べ、誰の歌かもわからず評している小生のところへ噛みついてこられたんではないでしょうか?あまり個人攻撃はしたくはありませんが、これこそ役割として評している者にとっては、甚だ失礼なことです。
自ら評者に対して、乗り込んできて説明するのであれば、まず、丁寧に詠んだ趣旨を説明し、言葉もどんな形で使ったのか説明すべきでしょう。(そんなことは言う必要ないといわれそうですから、先に行っておきますが、自ら乗り込んでくるのだから当然です。)まともな説明もなしに、必要だというのは、再度書きませんが辞書にある「――」になるのではないでしょうか。前後の脈略も見ないで、言葉尻をとらえて個人批判するのは、どうかと思いますが?
(批判する論拠を相手にも明らかにして行うべきです。)
もう一つ、貴殿は、「ペガサスさんの歌には共感しますが、ゆうすいさんのコメントには全く共感しません」、「このコメを読んでいる多くの方がそう思っているのではないでしょうか。」と申されていますが、自分の言葉に責任を持つとしたら、あたかも皆を代表しているような表現は使うべきではないでしょう。個人の責任で批判すべきでしょう。
chizさん「全員がそうだとは思えません。」→自分はそうだとは思いません。

最後に、小生の歌もどこまで行っても(他の意見を入れて修正しない限りは)「独りよがり」な歌です。(他人から、あなたの独りよがりな歌、と言われてもそれは間違いないことです。)
ライトさんは、だれかと相談しながら歌をつくられるのでしょうか?
それとも「俺の作った歌は、だれもが認める独りよがりなものでないと」いうことなんでしょうか?
それは、小生にとっては、驕りと言うものです。
ついでに、
紹介された内容は、
「制約された言葉の中での表現には、限界があり、拡大解釈されることは避けがたい、それをいいことに作者が多様な暗示するのも程度問題だ」、「自分の気持ちとは関係なく、表現された言葉だけから、そこに流れている意味を受け入れるのが正しい享受である」
だから言葉による表現に苦心しなければならない。ということなんではないでしょうか。

グッドライトさん

2013年09月21日 22:09

nagareさんが良い言葉を紹介してくれました。
「一首は表現された言葉だけから、そこに流れているものを受け入れるのが正しい享受であり、その他のことは第二義的なことである」
そのとおりですね。私が所属する結社の選者も同じようなことを常に言っています。
私もこうしたことを踏まえてコメントしているつもりです。

さて、コミュで活発にコメのやりとりがなされていることは管理人として嬉しい限りです。
このようにネット上でも歌会ができることは有意義なことですね。メンバーの住む場所に左右されずに歌会ができるのですから。一方、顔が見えないネット歌会は、書き言葉だけに頼ることになるので、微妙なニュアンスや真意が伝わりにくいというデメリットもあります。その点コメントする際は、批評以前に注意というか、一定の礼節を持って接することが大事になってくると思っています。

このトピで展開された一例だけ敢えて申し上げます。

ゆうすいさんがペガサスさんに「作者の独りよがりな思いは別として、読む側の感想(評)を申し上げてます。」と、コメしました。
これに対してペガサスさんは、「>作者の独りよがりな思いは別として< 甚だ失礼な一言だと思います。(中略)でもこんな事は正面切って言うべき言葉とは思えません。」と返しました。
このタイミングで、ゆうすいさんには「失礼しました。言い過ぎました。」と、まずは返していただきたいところ、共感云々のお話しを展開されたので、ちょっと違うなぁと感じたのです。

ネットの歌会は、どう逆立ちしてもリアルの歌会と同じようにはできません。私はリアルの歌会に近づけたいとは思っていますが難しいのが現状です。しかしネットの持つメリットも大きいのでそれを活かしていきたいと考えています。

nagareさん

2013年09月21日 17:35

chizさん
私の文章が理解できていますか? 議論に油をかけるものではありません。
どう云う意味か、ライトさん、ベガサスさん、にお尋ねすれば?

chizさん

2013年09月21日 16:31

ちょっと気になります。
ここは議論バトルの場所なのでしょうか。
楽しめていますか?


・・むしろ率直な意見や新しい感性に触れる感動や喜び、楽しみを覚えるものです。

とは全員がそうだとは思えません。

nagareさん

2013年09月21日 16:00

作品評で激論を交わされておられるようですが、以前下記のような文を読みましたのでご参考まで。

<どんな自己顕示の強い歌人でも、またどんな名論卓説を吐く歌人でも、いざ自分の作品を
人前にさらす時、自信があると思っても、他人はそれほど高く評価しないものだし、
その逆もありだが、概して裏切られる。

 短歌には拡大解釈が多いのは短詩型文学の宿命であり認めざるを得ないが、それをいいことに
作者の方が余りに暗示的になるのも程度問題。>

コミュの短歌批評ですが、批評以前の享受の段階で、まちまちであり、さらに享受する人の
咀嚼水準がまちまちですので、当然短歌作品の批評もバラバラになる。

歌人<佐藤佐太郎の一言>

「一首は表現された言葉だけから、そこに流れているものを受け入れるのが正しい享受であり、
 その他のことは第二義的なことである」

 そのため一首にあらわれた表現上のことだけが独立するのである。と.....
以上、

ゆうすいさん

2013年09月21日 12:36

ライトさん、Cハートさん
37.「21 船べりに立ちて投げたる白菊の漂う海は群青に凪ぐ
上句、下句とも韻律は申し分ないところだが、上句は、十七文字を使って「投げた」行為を説明している。下句「漂う海」が船上であることを明らかにしているので、初句、二句は他の表現に費やせば、三十一文字の最大限の表現ができるのでは、「逝きし友の願いに沿いて・・・・」
これが、最初の小生の評コメです。端的に評したつもりですが、いつの間にか遠まわしに、「気持ちは、言葉の端々に滲み出るもの」と人の人格批判のコミュになっているいのではないでしょうか。
歌会は、三十一文字の表現のあり方を皆で意見を出し合い、より良いものにしていくのではありませんか?
雪しまきさんが小生の言いたいことをコメされましたが、少し申しあげておきます。小生は、初めから三十一文字、中でも上句十七文字の表現について、意見を申し上げているのです。当初の理解は、雪しまきさんは、海難事故者の慰霊と解されたように、小生は、「俺が死んだら骨は、海に撒いてくれ」といった友人の願いで海に立っているのだと解し、こんないい歌なのに、「投げた」だけに十七文字も使ってもったいないので、「逝きし友の願いに沿いて・・・・」というのもあるのではとしたのです。(評を丁寧に読んでいただけませんか。)
これに対し、ペガサスさんは、
船べりに立ちて投げたる白菊の漂う海は群青に凪ぐ
「これはピースボートがラバウルに入港する前に行われた「船上の慰霊祭」です。
したがって、「船べりに立ちて」は必要な言葉」と述べられ、小生は、誰の歌かもわからず評しているところへ、噛みついてこられたんではないでしょうか?「船べりに立ちて」の必要性の説明もなしに、ピースボート、ラバウル、「船上の慰霊祭」を出してきて必要だと主張されました。(ど素人の意見なんか聞けるかって感じなんでしょうけど)
それはそれで結構なのですが、
「十七文字も使ってもったいない」と言っている評者の責任上、それでは、「ラバウルを訪れて」との表現もあるのではと、例示しただけです。
挙句、「ピースボート、ラバウルなどはいらない。」では、向上の為の議論にはなりません。
もし、私であれば、「この歌では、船べりに立ってうなだれている遺族の姿を大事にしたいのです。」と説明します。(それだけですむのでは?)
小生も、雪しまきさんも上句の表現に着目して、議論しているのに、その議論には参加せず、言葉尻をとらえて中傷合戦にしているのはどなたなのでしょう。
小生の日記にも、雪しまきさんとのバトルがありますが、歌を良くするため(一字、一句を削る、増やす、変えるなど)の議論には、感情なんぞ入る余地はないのです。互いがよくするために意見をぶつけているわけですから、むしろ率直な意見や新しい感性に触れる感動や喜び、楽しみを覚えるものです。

雪しまきさん

2013年09月21日 07:26

まず、ペガサスさんの意図である、海難死者への慰霊のお歌であることを、私もゆうすいさんも汲み取っています。

そこからさらに、膨らませて欲しいと、感じたうえで、海原に視線を広げたら?と提案しました。

何故かというと、何万という交通被害者に手向ける花束も、何万という海難被害者に、手向ける花束も同じ視点同じ角度で詠われ尽くして、どうしても、類似感を免れられないからです。

船は動き、花束は流れ広がって行きます。それに従い視線は広がり想いも情感も広がります。そこに、視点を向けたらどうかと思いました。

ペガサスさんは、ピースボートがラバウルに入港するさいの船上の慰霊祭だと、反論を、コメントしてきました。

お歌だけでは、ぴーすぼーともラバウルもわからないが、それが、わからなくてもいい、普通の海難死者への慰霊のうたと受け止めて解釈しましたよ。

ラバウルの慰霊祭と、理解して欲しいならば、ラバウルの語の設定は必要ですね。と、わたしはコメントを捕捉しました。

ゆうすいさんの、ラバウルの試作歌は、あくまでもラバウルをわかって欲しいならば読み込んだらどうか?という喩えで提示したと、わたくしは解釈しました。

それなのに、ラバウルもピースボートも説明していません、一般の海難死者への慰霊の歌です。
に、変わってしまいました。

ゆうすいさんのラバウル試作の歌が悪人にされしまいました。

ゆうすいさんの語調は少しきつく感じられますが、いっていることは間違ってはいません。

結社の歌会の侃々諤々は、平身低頭して聞けても小さいコミュニティの異言に耳を貸せないのはまちがつていると思うのです。

自分の歌への矜持や誇りは胸にしまって、歌会を楽しみましょうよ。

雪しまきさん

2013年09月21日 03:28

話が変な方に曲がり膨らんで、ナアナアで終わらせる残念な形になりました。
問題点が曲解されています。
ライトさんに、申し上げますが、
ペガサスさんの歌には共感しますが、ゆうすいさんのコメントには全く共感しませんと言い切ってしまったのは
管理者として大人げないと思います。ゆうすいさんの立つ瀬を奪ったようなものです。
残念です。

グッドライトさん

2013年09月20日 22:02

クリスタルハートさん
嬉しいコメントをいただきました。
そうですね。私も「気持ちは、言葉の端々に滲みでるもの・・」と思っています。
ありがとうございます。

クリスタルハートさん

2013年09月20日 09:10

一般的な海難事故で亡くなられた方への鎮魂歌、という意味で、
 ペガサスさんは作歌されたのでしょう。

 船べりは、具体の場面を想起させます。

 ラバウルを入れた歌は、また違った視点からの歌で時事的な要素を強調したいのであり
 これは作者の個性の表われだと思います。

 数学のように正解は一つしかない、のとは異なるのが歌の世界でもあり歌の多様な、 
 無限の表現世界でしょう。

 批評し合うことで、異なる視点、感性、思考を示唆されて、益すること大でしょう。

 その場合、人間は知的側面とともに、感情の生き物でもあるのですから、言葉は慎重に
 粗大にならないでコメントするのが、礼儀でしょうね。

 お互い尊重している気持ちは、言葉の端々に滲みでるもので、その時は、たとえ酷評
 だれても、好感をもって受け入られるものと存じます。

 どんな歌も、一回きりのその時の作者の気持ち、感慨を表現しているものであり、
 一期一歌(造語)であるのが尊いのだと、思います。

 短歌、初心者の感想です。

みらさん

2013年09月19日 08:08

一傍観者からすれば、盛り上がってきてます、雪しまきさんの意見に賛成。
激論は勉強にもなりまする。

ゆうすいさん

2013年09月18日 22:50

ライトさん
出された歌に、それぞれ自分の下の2首に評価をすると、皆に役割分担されたのではないですか?
それを受けた人は、その人の感性で評するものだと思いますが?その評に噛みついて、そうではない、こうでもないというのは、もともと他人の評を受ける形で投稿しているのですから、どんな評でも受け入れるものでしょう。小生の場合も、自分の歌がどんなに酷評されても、そういう読み方、理解の仕方もあるのだなと、すべてを受け入れますが。37の最初の評から丁寧に詠んでいただければと思います。
21番を好きで評しているわけではありません。

グッドライトさん

2013年09月18日 22:26

歌は出したら作者のものでなくなる面があるのは確かです。しかし、突き詰めるとどこまで行ってもやはり作者自身の歌でもあるのです。今ここで詳しくは説明しません。
また、コミュも様々なメンバーで構成されている点もご理解いただきたいと思います。

雪しまきさん

2013年09月18日 22:25

ライトさん、忌憚のない意見を求めての歌会なのでしょう?
切磋琢磨して歌を磨いて行く場所として歌会があるのでしょう?

雪しまきさん

2013年09月18日 22:18

うたは提出したらもう作者のものではないと御存知なのですから、作者はまな板の鯉のように観念して、一切の言い訳をしないようにしましょうよ。
作者の意図とは違った解釈をされても、自分の歌が未熟か、読者が未熟かのどちらかなのですから、笑って受け止めましょうよ。
自分の歌の誇りは胸に留めて、一切の言い訳なしにしましょうよ。聞かれた時だけ説するのはどうですか?

グッドライトさん

2013年09月18日 22:10

ゆうすいさん、雪しまきさん
ぜひお互いの感性を尊重していただきたいと思います。
また評やコメはディベートではありません。

雪しまきさん

2013年09月18日 21:58

ライトさんも、過激に反応してはいけないのではないかしら。
歌会のディベートです。激論闘わせるのも歌会の実りの一つですから、それを楽しみましょうよ。
安易に水を差して終息させては喧嘩の終わりのような後味の悪さしか残らなくなります。