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よくあるご質問

短歌の基本(8) 口語か文語か

今回のテーマは「口語か文語か」です。
日本語には現在私たちが使っている口語と、平安時代の言葉を基本とした文語があります。
短歌は口語でも文語でも、またその混合でもかまいません。

ただし、古典和歌・近代短歌はもちろん現代短歌においても、いまだに文語が多く用いられている事実は否定できません。
なぜ短歌においてはいまだに文語が多く用いられるのでしょうか。
理由は二つあります。
一つは文語を用いることで「短歌らしさ」が生まれるという点です。
五七五七七という制約を備えるとき文語を使うことでいっそう短歌らしさが備わってくるのです。文語独特の簡潔な響きと荘厳な響きは文語短歌ならではの調べだと思います。
もう一つは、文語的な表現を用いる方が表現の幅が広がるという点です。
特に文の終わり方は文語の方が断然すぐれています。なぜなら、文語助動詞の変化はざまざまな場面に対応でき複雑な味わいを出すことができるからです。

現在では口語と文語が混在していることは珍しくありません。

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するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら
--------------(村木道彦)
この歌は口語の歌です。しかし、よく読むと「すてたる」と文語が含まれています。
完全口語にするために「すてた」としたらどうでしょう。字足らずで落ち着きが失われるだけでなく「短歌らしさ」が損なわれることになります。

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大きければいよいよ豊かなる気分東急ハンズの買物袋
--------------(俵万智)
この歌も口語の歌と思われていますが「大きければ」と「豊かなる」は文語です。
口語なら「大きいので」と「豊かになる」となります。

「口語か文語か」という問いは正しくないのかも知れません。

一般に現代短歌においては口語・文語が混在しても良しとされています。
一方、選者によっては、原則として一首の中で口語と文語を混在させるべきではないと考えている人も多いようです。
どちらが良いかはなかなか言えません。しかし、原則的には混在をさけつつ、個別的にみて歌が活きる場合には混在もありうる。というスタンスが望ましいと思います。

もっとも、かなづかいについて「歴史的かなづかい」と「現代仮名かなづかい」を混在させることは混乱のもとになりますので、これについては常に混在させてはいけません。


さて、現代短歌においては、口語自由律で素晴らしい歌を詠む歌人も多数おり、新しい短歌表現の世界を切り開いていることは事実です。その意味で口語自由律も表現方法の一つですが、表現のバリエーションにおいて限界があることも否定できません。

その意味でも、口語で詠うか文語で詠うかを別にしても、短歌において文語が欠かせない日本語であることは理解できるのではないでしょうか。

文語短歌に触れて、自然に文語の良さを体感することは大切なことだと思っています。

コメント

ありごさん

2013年09月10日 10:54

私としては大変な発見です。

今迄「歴史的かなづかい」  =文語
   「現代仮名かなづかい」=、口語
と思っておりました。

原則的には混在をさけつつ、個別的にみて歌が活きる場合には混在もありうる。というスタンスが望ましいと思います。

今は説明からこの意味がよくわかります。

知ったことでまた混在を恐れず、気楽に歌を掲載できる気がします。
ありがとうございます。

ペガサスさん

2013年09月09日 11:26

以前、教室で「新仮名を使うのか旧仮名を使うのか統一しなさい」と言われたことがあります。

勿論一首の中での混用はしませんが、私は原則的に、口語体には新仮名を、文語体には旧仮名を、と思っております。

文語の「らむ」などの「む」を、新仮名で「らん」などと表記するのは、どうも抵抗がありますね。