趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

嬉し恥づかし昭和の日本語 『文通』

(一)
 ここ二、三ヶ月の間というもの一日もかかさず、高一時代のあるペ−ジをためつすがめつ、穴のあくほど見つめていた。
 その甲斐あってか、そのペ−ジの裏どころか、次のペ−ジまで見通すことができるようになった。
 そしていつの間にか、僕は紙のオサカナ君となって字海を自由に泳ぎ回りはじめた。
 更に紙魚(しみ)は、当るを幸いになんでも呑み下す巨大なピラニアと化した。

今日も辺りを睥睨しながら進んでいった。
 長崎カスティ−ラより歯ごたえのない奴ばかりだ。
 ちょっぴり先月号には惜しいのがあった。
 と言ってもかっぱえびせんクラスだったが。
 確か、丸亀郡親亀町字子亀。
 それなら、おいらの空知郡青空町字美空と字々同士で対等だ。
 最初、バキっと歯にきたもんで、こりゃよいわいと思ったがすぐに割れ粉々になってしまった。
 せっかく字子亀まで作ったんだから、何ゆえに大字孫亀まで作らなんだか。
 ぶつぶつブクブク・・・・

 でも、だども、ここからそこまで遊びに行くとして、津軽海峡、鳴門海峡と二つ海を渡ることになる。
 おいら、汽車は小学校遠足のとき隣町の駅まで乗っただけだ。
 考えられないほどの空恐ろしい距離だ。
 決めなくてよかった。

 あれこれ考え、うすらボンヤリ航行していると鼻っ柱にすざましい衝撃を感じた。
 本能的に食らいついた。
 おおイテテ、前歯折れそうだ。
ついに見つけたぞ。お目当てのげんこつ煎餅。

 音更郡夜鳴町字比留間大字朝日。
 同じ北海道で僕のところより、大字がついた「ど田舎」でしかも近い。
 汽車で四時間だ。

相手の住所さえ気にしなければ数十名の候補者が毎月掲載される。
 しかし市が付かず、字がつく町などその中で二、三件あるかどうかだ。
 大字ついて、しかも同じ北海道とは、狂喜乱舞もんだ。
 しかし、何ゆえに僕と同じ「ど田舎」を文通相手に選んだか、選ばずにいられなかったか、そこには深く、悲しい秘話があってしかるべきだ。

コメント

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年10月04日 09:12

(あとがき)

 今、目の前に二編の詞がある。
 自分とレイ。
 いずれも高校一年夏の作品。

「思い出とは」

http://www.youtube.com/watch?v=o1d9vG2hwNU

(1)
 思い出とは どんなものなの
 思い出とは どんなものなの

 レモンのように甘く酸っぱいもの
 レモンのように涙一粒

 思い出とは そんなものなの
(2)
 初恋とは どんなものなの
 初恋とは どんなものなの

 夢見るように思い儚いもの
 夢見るように想い切なく

 初恋とは そんなものなの


「1/2のソネット」

http://www.youtube.com/watch?v=tjNo7Y7Ue9k
 
冷やかな五月雨は心の中で絡み合い
 私どうすることもできない

また或る時は埃にまみれ
 くすんだ自然を清めるがごとく
 私の心の中を沁み込み
 恵みをもたらす

 それは自然の不思議な出来事


 いずれも青春の戸口にたった時の不安・恐れもどかしさ・希望を描いている。
 レイは僕が表現できなかったものを完璧にしかも簡潔に描き切っていた。

曲をつけるのは簡単なことだった。
 ものの一時間もかからなかった。
 美しい詩にはその詩自身が持つメロディが必ずある。
 だから耳を澄まして、その音を聴きだせば良い。簡単なことだ。
 しかし、作曲者の能力にあわせ詩が提供するメロディは千差万別。
 意地悪なことだ。
 貧しい能力の僕にはこの程度のものしかできなかった。
 才能ある作曲者の手にかかれば、どんな音を奏でてくれたのだろうか、この素晴らしい詩は。

口惜しいけれど、何十年以上たった今も、これ以上の詩を書くことができずにいる。
(完)


追伸 今日10/4新曲をUPしました
何十年たっても作風は変わらないようです
不変って聞こえは良いですが進歩ないってことですので手放しで喜べません

宜しかったらお聴きください


チッチとサリ〜の「ちいさな恋のものがたり」(みつはしちかこ)より

『隠恋慕』

http://www.youtube.com/watch?v=eY4dApmesUg

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年09月24日 17:46

(七)

母に明日、どうしても断れない友達との約束を思い出したのでいかれないと怒ったようにいった。
 「何を今更、毛ガニ買ってボイル済みだし、ヒデちゃんに何日も前に連絡してるのよ。どうするの」と母があっけに取られたようにいった。
 そばで姉がふられたんよね、とニタニタ。
 文通していることやその子のことを説明している。 
 盗み見されてたのか。
 ノロノロと這いつくばる様に二階の自分の部屋にもどろうと階段を上った。 
 「まぁぼにはまだ、女の子なんて早いよね」と母。
「早いというより無理なんじゃない、まぁちゃんには」と、追い打ちをかけるように姉が付け加えた。二人で大笑いした。
 ひどい肉親だ。
 悲嘆にくれているオイラを笑いもんにしている。
 
部屋にたどり着いたとたん、ここ数日、寝もやらず待ち続けた疲れがどっと出て、倒れるように布団をかぶって寝た。
 
 起きた時は、あたりは真っ暗だった。
 トイレにいくために、月明かりを頼りに部屋の戸を開けた。
 部屋の前の廊下に、冷麦と大皿一杯、ピラミッド状に盛った毛ガニのむき身があった。
 その毛ガニのむき身をみたとき、またそぞろ一連の悲しみを思いだし涙が出た。
 止めようシャックリを繰り返すうちに堰を切ったように大声をあげて泣いた。

 隣の姉の部屋から壁をコツコツとノックする音が聞こえた。
 僕も応答した。
 最初は平手で応答していたが、げんこつ、足のうらとエスカレ−トしていった。
 そのうち、何で壁を叩いているのかわからなくなって、思わず笑ってしまった。
 姉も笑っている。
 また少しだけ、壁をコツコツした。
 姉も安心したのか、もう何も応答はない。

 明かりを点けて座りなおし、生温かくなった冷麦をすすり、毛ガニのむき身を食べた。口いっぱいにジュシ−な香りと味が充満した。
 もう一つ、むき身をつまんだら、塩気が涙腺を刺激した。
 泣こうと思ったがやめた。
 もう姉も寝ていた。誰も相手にしてくれないことがわかってた。

 仰向けになって、天井を見つめ続けていたら、天井板の木目が
雲や波になったり、お化けになったり、目まぐるしく変わった。

 大声で泣くことが、人をリラックスさせ、悲しみをも和らげることを知って、一つ賢くなった気がした。
 でも、それから幾度となく泣く僕自身がいることを、その時は知らなかった

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年09月20日 00:17

(六)

行きに三日、帰りに三日。
手紙書く準備期間二〜三日。
 十日間もかからず必ず返事はきた。
 しかし、十日過ぎてもこなかった。
 ジリジリしてきた。
 急病とか家族に不幸があったとか、悪い思いがつのった。
 夏休みだから、朝と夕方にくる手紙を郵便受けの前でまった。
 母や姉に気取られないように、もちろん、顔馴染みになった配達の郵便屋さんにも。
 あっちにウロウロ、こっちにオロオロ。偶然、郵便受けの前にいたかのように振舞っていたが、郵便屋さんから待ち人来たらずって感じかいって冷やかされる。
 そんなことありませんとは言ってはみたものの、しばし周章狼狽。
 昨日も空振り、今日も空振り、明日も空振り。

  ようやく返事が着いたのは八月一四日、行く前日の夕方の便。
 しかも小包だ。
 もしかして、事前プレゼント?!
 僕はわが町特産、クリオネのハート型ラヴペンダントを用意していた。
 勇んで小包を開けたら、封筒がどさっと音楽テ−プとともに落ちてきた。
 すべて僕が彼女に送ったものだ。

 逢うかどうか、迷って彼に相談しました。
 反対されました。
 文通をやめろとも言われました。
 もっと続けたかったけど・・・
 彼と高校卒業したら、すぐに結婚します。
でも、一生忘れない良い思い出としてまぁぼさんのこと、胸にしまっておきます。
 
 北海道は娯楽はない。
 ましてや冬は長く厳しく寒い。
 男と女がお互い人間湯たんぽとなってぬくたまるのは自然の摂理。
 そうこうして高校卒業後、一年もたたないうちに腹ぼてになる女の子が、ゾロゾロ出てくるのも自然の摂理。
 不思議な光景ではない。
 しかし、それがよりによってレイとは。
 恋の神様は僕には非情すぎる。

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年09月13日 21:44

(五) 
 
高一の冬に、彼女に無理に頼んで詩を送ってもらった。
 素晴らしい詩だった。
 その詩にすぐに曲をつけ、テ−プを送った。
 彼女の評判もよかった。
毎日口ずさんでいますとの言葉に舞い上がってしまった。
 ほんのリップ・サ−ビスってこと、女の子のとの付き合いのないウブだった僕には勿論わからなかった。
 今も、女性にちょっと声をかけてもらっただけで有頂天になる癖は抜けていない。

 文通も順調に続き、高校二年の夏休みが近づいてきた。

 「ヒデおばちゃんのとこ、どうしようか」
 「いつもどうり、荒巻でいいっしょ」
 「かあさん、毛ガニにしようか今年。近くに年1回の漁協の特売日あるし」
 「でもチッキ(注:鉄道小包)だと1週間。夏だし、持つかな」
 台所で夕食の支度をしていた母と姉が、毎年、そろそろ送ってくれるジャガイモやトウモロコシのお返しを話していた。
 ヒデおばちゃんは、母の妹で農家に嫁いでいた。
 居間で僕は、耳ざとく聞きつけて言った。
 ある考えがひらめいたからだ。

 「僕が、届けるよ毛ガニ」
 確か、おばは音更郡音鳴町だから、彼女の住む音更郡夜鳴町はすぐそばだ。
 
 逢える。

 「それに去年、おばちゃん、家に遊びにきたとき。まぁぼちゃん、来年は必ず遊びに来なって話してたっしょ」
 「そんな話あったべか。まぁぼ、音鳴町って地の果てより遠いよ。
途中、乗り換えもあるし、隣町って訳にいかないよ」と母。
 小学校の時、遠足で一回しか汽車に乗ったことがないこと覚えていた。
肝心なお小遣い値上げ交渉は、何度妥結しても、そんこと言った記憶がないって空とぼけるくせに。余計なことだ。

 行く日は、特売日の翌日の八月一五日に決まった。
 早速、レイに手紙を送った。
 ポストに投函するした後、思わず柏手を三回打った。

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年09月09日 20:04

四)
 順調に文通はすすんでいた。
 何を話したんだろう。
 十一月くらいから始めたんだけど。
 嘘八百を並べ立ててたのはわかるが、その嘘が思い出せない。
 相手は便せん一枚の三分の二くらい書いて、真っ白な便せんを一枚をなぜか添えて計二枚。
 僕はいつもびっちり三枚は書いた。
 何、書いていたんだろう。

 年も明けて、写真を交換しようということになった。
 彼女が先に送ってくれた。
 驚いた。可愛い。
 この子、ほんとに「大字」の子なの。
 ど田舎なので、せいぜい三、四人並と思っていた。
 十分に札幌クラスだ。

 さぁ、困った。こちらは一人並以下。
 なるべくピンボケ写真で顔の輪郭がわからないものを探したがなかった。
 最初は月刊平凡の付録にあった三田明のブロマイドを送ろうと思った。
 当時、わが青空町では最新刊でも通常の発売日より二、三週間遅れなものはザラだった。
 新規大公開と宣伝された映画も、全国をたらい回しにされ雨がザァザァ降っている一年前の封切りものだ。
 それでも、白布を木々にしばりつけ、それに映した巡回映画を知っているものにとっては、ありがたいことだ。
 断っておくが、ここまでは「字」の話である。

 「大字」となれば見当がつかない。
 映画館は無論、本屋もなく、人々は散切り頭で、ずた袋をかぶって魏志倭人伝みたいな生活を送っているに違いない。
 と、妄想をふくらまして、ほくそ笑んでいたが・・・
 行商人の存在を忘れておった。
 塩鮭なんかとともに福助の肌着、はたまた、近所のパ−マ屋をまわり、ただ同然で古雑誌類をかき集めては、山の奥地の、そのまた奥地、夜鳴町字比留間大字朝日に行き、高く売りつけていたに違いない。
 どうしようか・・・
 ようやく、虫眼鏡で見て判るくらいの遠くから撮った豆粒代の写真を見つけた。

 返事が来るまで試験を受けて結果待ちをしているような落ち着かない気分が続いた。
 来たら来たで、断りの手紙ではないかと、しばらく封を開けてよいものか逡巡した。
写真のことは一言も触れてなかった。
 ほっとしたら、なんとなく物足りなくなった。

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年09月06日 22:58

(三)

 もう一つの話はタナボタもんだったが、僕を決定的に都会を畏敬させるのに十分すぎる話だった。

 今度は転校生の姫様の話だ。そのこが僕の隣に座っている男の子にしきりに話しかけている。
 ダンボの耳して、聞き耳していたら何か誘っている様子だ。
 男の子は照れて、モジモジしていた。内気な子だった。 
 後で聞くと内気な子は姫の覚えめでたく、お呼ばれされたようだった。
 彼を脅す様にして、強引にお呼ばれに割り込んだ。
 この姫に対しては恋心なんてなかった。
 好きになることすら恐れ多い遠い存在だったから、顔も思い出せない。
 何よりも、まだ色気より食い気の年頃だったから、ひたすら出されたもの食べていた。

 雪がやんでも陽もささず、その日一日シバレた。
 おやつもたいらげ一段落したところで、余興に姫がピアノを弾くことになった。
 椅子が高かったので座るときスカ−トがめくれた。
 網目模様で紫色のパンストが見えた。
 初めて見るものだった。
 当時、周囲の女の子は肌色の長いストッキングを太股まで履き、幅広のゴムでとめていた。
 そして、パンツ一枚では寒いので毛糸のズロ−スを履く。
 そのズロ−スはセ−タ−やマフラ−などの作った余り糸や、ほどいたものだから、配色がトラ柄やシマウマ模様と判別できるような生やさしいものはなかった。
 パレット上で様々の絵の具が混じりあったようにドス黒く滲んだものが多かった。
 好きな子がその時いたんだけど、その子の毛糸のズロ−スみるにつけ、春になるまで興ざめ気味だった。

 中学生ではさすがに羞恥心が芽生えたのか、クラブ活動が忙しくなったのか定かではないが「おねだり」の記憶がない。

 良いようで悪い記憶だった。
 大学に通うため東京に下宿したとき、知り合った相手が東京人で、しかも自宅がある人は、僕にとって男女限らず近寄りがたい神の存在に思えた。
 あの紫のパンストさえなければ、これほどまでにトラウマパンツを眼深にかぶらされ、都会人を見ることはなかったろうに。

まぁぼ(●^o^●)さん

2013年09月04日 00:25

(二)

 僕の住む大空町にも都会から毎年、数名の転校生が同学年にくる。
 小学校は六クラスあったから、各クラス約一名。
 みんな親は税務署長だの大手銀行の支店長などのアッパ−クラス。
 転校生イジメなんてない。
 すぐに友達になりたがった。競争だ。
 友達になってお呼ばれされ、王子様や、お姫さまの生活を見て、自分の将来の都会での生活を夢見させてくる。
 しかも、とびきりの甘菓子つきだ。
 こんなおいしい獲物になんでイジメする?
 あるとすれば、形式イジメして、都会っこがお母様に泣きつく。
 事情を知ったお母様がイジメっこを招待する。
 だから友達になったら、勝ち誇ったように振舞った。
 そして他の子に盗られまいと、どこへ行くにもビタっとつきまとった。

 僕は小学校六年間で二回もそのチャンスに遭遇できた幸運の持ち主だ。
 一回目は形式イジメから王子様のお家にいけた。
 夏休みのことだった。
 お目当てのおやつの時間、テーブルの上にショートケーキと赤茶色で透明な温かい飲み物があった。
 初めて見る飲み物で、おいしかった。何杯もお替りした。
 「おばさん、これなぁに?」
 「コウチャよ」
 「コウチャって、高いお茶のこと? さすがお金持ちぃ〜」
 「違うわよ、まぁぼちゃん。こう書くの」
 とそばに寄って、「紅茶」と紙に書いてくれた。
 上品で淡いヘアスプレ−の匂いが心地よく鼻をくすぐり、クシャミがでそうになった。 
 都会っこに毎日こんなもの、食べてんのと聞いたら、食べてるっていったので、おばさんにここの家の子にしてくださいと言った。
 お母さんがOKって言ったら良いわよと笑顔でいうので、家に帰りいきなり、そのことをいったら、食い扶持もへるから大歓迎よと、お袋。
 もっていく遊び道具を選び終えて、僕も準備OK。
 夏休みの真ん中にある中間登校日、すっとんで学校にいったら、彼がいない。
 もう既に東京に帰っていた。