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よくあるご質問

ツキ(槻)ケヤキの古名。

昨日、神代植物園に行って来まして、帰りに、何時もの通りを
帰るのも、面白くないな〜・・・と思い、調布駅まで、違った道を
選んで見ました。見事迷ってしまい、とんでも無い場所に・・・・・
あレレ??・・・・何処へ出ちゃったのか?・・キョロキョロ見まわ
したら、見事なツキ(槻・ケヤキの古名)が眼の前に・・・・

Oh・Oh・・・思わずカメラを構えてしまいました。
青渭神社の境内の一角でした。大きな腐朽部が口を開けていま
したが、樹勢旺盛!・・蒼穹に聳えていました。

樹高34m 幹周5.5m 樹令 数百年 と案内板に記してありま
した。市の天然記念物指定だそうです。
おそらく、この近辺は、昔々は武蔵野の防風林であったのだろ〜
・・・と思いながら、青渭神社の看板に目を通すと、古代、この
一帯は古代人達が生活に欠かすことの出来ない水が滾々と
湧き出す場所で、水神様を祀った場所であったとか。
なるほど、「青渭神社」の名も納得です。

この付近から、縄文時代中期の土器が発見され、特に打製石斧
が大量に出土し、製造所があったと推定され、古代人の
住居跡が考えられる・・・と説明書きが有りました。

迷ったお陰で、素晴らしい歴史を垣間見ることが出来た1日でした。

コメント

無憂樹さん

2013年10月07日 14:52

福介さん

まだ御足の具合よくありませんか・・・・・・鎌倉散策、なるべく歩くの
少なく計画しますから、10月末〜11月中旬頃までに如何ですか?

それまでに何とか養生して下さいね。

無憂樹さん

2013年10月07日 14:47

Anakureonさん

ケヤキが肥後の独楽に変身ですか・・・な〜るほど・・・・

ケヤキの名の由来は「けやけし木」が変化したものと言われていますが
「けやけし木」とは「際立って優れている」と言う意味だそうです。
材が堅く緻密で、木目が美しいこの木を称えた名前であり、建築材と
しても高値を呼ぶわけですね。

福介さん

2013年10月06日 03:41

無憂樹さん

神大植物園に行かれたんですね、足の調子が良ければご一緒させて頂いたのにと思います。巨木にも巡り合えて何よりの散歩でしたね

Anakreonさん

2013年10月05日 15:25

無憂樹さん、

 ケヤキといえば、肥後コマの原木がケヤキです。 わが家には先祖伝来の少しばかりの
山林がありますが、その山林にケヤキがありました。
 私が幼いときでしたので、どうしてそのケヤキが伐採されたのか分かりませんけれど、伐
採されて市内のコマ屋さんに引きとられて、肥後コマに生まれ変わりました。
 
 コマが出来上がっていく工程が面白くて、飽きずに出来上がるのを見ていました (^o^)。

無憂樹さん

2013年10月05日 12:22

ぶぶさん

高水三山ですか・・・懐かしいです。山登りしていた若かりし頃、
妻と二人で歩きました。でも真名井神社全く気がつきませんでした。
惜しいことをしました。
真名井神社・・と言えば、京都の篭神社奥宮を思い出します。
元伊勢神宮と言われている神社ですが、何か関係あるのでしょうか?
奥宮の建立当時の石碑が土の中から出てきて、その石碑に刻まれた
マ−クはダビデの星で、イスラエルの国旗に描かれているものと同じ
で、ユダヤとの繋がりが取りざたされました。
現在の新しい石碑は三つ巴マ−クに変更されていますが・・
伊勢神宮の灯篭のマ−クはダビデの星マ−クです。

ぶぶさん

2013年10月04日 22:34

こんにちは、無憂樹さん
拝読していて、ひょんな事から辿り着いたお宝にどきどきしました。
大きな口が開いてますが、雷か台風で折れた幹の跡なのでしょうか
 府中の大國魂神社の資料館でも縄文時代の土器や大陸からの青磁の陶片などの陳列があり、この青渭神社のも江戸の都ができる以前から全盛を誇っていた武蔵国の息づかいが感じられる古木に感じられます。
 青渭神社といえば、奥多摩の惣岳山からの下山路に、巨木のご神木と井戸がありました。
調べなおすと真名井の霊泉と言われ山頂の青渭神社との関係は深いようです。
一休みしたこの井戸には澄んだ水は見えませんでしたがカエルの鳴き声が奥から聞こえて来ました。
その近くにあった巨樹の写真を添付させていただきます。ご神木だったかは、、
青梅の青渭神社について山のページから見つけた詳細です
http://tokyo-tozan.com/tozan/takamizu-sansan/4.php