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よくあるご質問

日本人の心意気=「無線と実験」の昭和20年7・8月号

あの焼け野原のときでも、「無線と実験」は発行されていました。

これが昭和20年7月・8月合併号です。わずか16ページの粗悪な紙に印刷されています。

そして、9月、10月は、とても印刷用紙を調達できなかったのでしょう、発行されておらず、その次に発行されたのが、昭和20年11月・12月合併号です。これもわずか16ページ。

その次の昭和21年1月号になると、表紙だけは二色刷りになり、ページ数は32ページとなります。

そのあとも、やはり合併号が多く、一か月発行されていない月があったりしています。

昭和21年1月号以降になると、短波付き5球スーパーの作り方オンパレードになっていきます。戦時中は短波を聞くことができないようにされていたのが、解禁になって、短波付きスーパーラジオの流行に火がついたのでしょう。

敗戦直後の、この物資のない時期に、紙を必死になって調達し、無線・ラジオの雑誌を発行しようとしてきた誠文堂新光社の方々の熱意にはアタマのさがる思いです。

戦後から1952年まで、ほとんど揃ったかたちで、「無線と実験」を手に入れておりますので、このコミュでご覧になりたいお方がいらっしゃいましたら、発送いたします。ゆっくりご覧になったあと、送り返していただければけっこうです。。

なお、3枚目の写真は、昭和21年11・12月合併号ですが、もともと12月号は別に単独で発行するつもりだったらしいのが、発行のめどがつかなくなったため、11月号・12月号を合併することにしたらしく、「12」の数字があとでスタンプでおされています。

コメント

うたくんさん

2013年08月18日 14:23

模型の無線操縦記事・・・ですか。この1959年10月号「初歩のラジオ」にも出ていますよ。

そういえば、1年ほど前に、秋葉原の、レンタルブースに、日之出の真空管式模型ラジオの送信機が新品状態ですのに、1万円ほどで売られていました。

元電気屋さん

2013年08月18日 08:56

戦時中は ラジオに関する本や短波ラジオも所持が禁止されていた 時代でした

初歩のラジオは 私の人生の進路を決定した 最初のラジオ本でした、昭和26年当時は模型の無線操縦記事が時々掲載されていたのを記憶しています、ラジコン模型は憧れでした、

故障した古ラジオ5〜6台と 初歩のラジオが すべての出発点です。

うたくんさん

2013年08月18日 02:40

「初歩のラジオ」・・・なつかしいですね。

5球ラジオの組立ができる同級生が二人、中学時代にいて、彼らに触発されて、わたしも何度かこの雑誌を買ってみたのですが、ラジオの部品を買うのに、とても小遣いでは買えない値段だと分かって、ラジオ少年への道を歩むことができませんでした。

「初歩のラジオ」1959年6月号と、同10月号を持っております。まだ真空管ラジオとトランジスタラジオと、両方の作り方が載っていますので、その混在時代であったのですね。。

MOCHICRAFTさん

2013年08月17日 21:34

「無線と実験」は兄たちが購読していて 私は「初歩のラジオ」でした。

でも、家の改築の時、大量に処分してしまい、トイレットペーパーに化けてしまいました。

今考えると残念です。

写真を見せていただきまして、懐かしいですね。

「初歩のラジオ」ネットでフォトを見つけましたので掲載します。

えいかんさん

2013年08月17日 11:31

貴重なもんですね。私の田舎は本屋がなくなかなかお目にはかかれませんでしたが。2000年記念号を機に見ていません。今は書籍類はネットで求められるので、田舎でもありがたいです、画集や、古い書籍が捜せ、田舎にいてもよくなりました。

りき丸さん

2013年08月17日 10:48

切磋琢磨 無いものがあってこそ
 前進向上心 
   全身全霊を傾注して 事に当たる 

 手書きのザラ紙 教科書でさえも 紙不足 インクも印刷機も動力電源も ほぼ全てのものが不足 

 人力も子女が中心の細々とした復興の工場 

科学の研究追及専門誌の収蔵見事な量

 うたくんさんの先見の目には素晴らしい眼力を感じています

そして 貴重な資料書籍図版や画像随時の公開誠に有難うございます

 今後も活用させていただきます。