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よくあるご質問

書籍「吉永小百合、オックスフォード大学で原爆詩を読む」

「吉永小百合、オックスフォード大学で原爆詩を読む」 早川敦子著 2012年11月21日第1刷

今年はじめに買っていたのだが、怠け者のせいもあって、入院で時間ができて、読了。

言葉ってなんだろう。表現するってなんだろ。
おそらく人間は、協働することで進化してきた動物だから、コミュニケーション能力が、社会の進化と伴って発展してきたのだろう。人間は、声という手段で、そのコミュニケーション能力を発展させてきたのではないだろうか。だから発信することは、受信を前提としており、発信と受信は対なのである。「あ」って発声する。その「あ」を受け取って、その「あ」が意味する共有し得る共通の認識で解釈、理解しようとする。
まだ文字を持たなかったころは、非常に抽象化された「あ」ではなく、怖いときの「あ」か、びっくりした「あ」なのか、ほかの意味を持つ「あ」なのかが、声という振動を通して相手に受信される。
そうの点で、書かれてしまった「言葉=文字」は、多くの要素が剥ぎ取られ抽象化されたものにならざるを得ない。音楽でいうと楽譜みたいなものだ。
だから、書かれた言葉を朗読することは、その抽象化された文字から、その書いた発信者の意味を読み取り、場合によって朗読者自身の解釈を、ときに、新たに朗読者自身の感情を重ねて(いやでも重なってしまうのだが)、朗読者から再び発信される、演奏者が楽譜から音楽を再生するように。

女優、吉永小百合さんは、被爆者にかかわる役を演じてから、被爆者の方たちから依頼され、1986年に初めて原爆詩を朗読され、四半世紀、いまも続けておられるます。いろんないきさつで、2011年10月22日、坂本龍一さんのピアノ伴奏でオックスフォード大学のチャペルで原爆詩の朗読をされました。この年、3月11日に東北を中心に襲った東日本大地震と福島の原発事故がありました。アウシュビッツ、広島、長崎、チェルノブイリ、そして福島、人を絶望に追いやるほどの出来事があったとき、人が発する、発せざるを得ない言葉とは。言葉にすることによってしか、救われないものがある気がします。

吉永さんがオックスフォード大学で原爆詩を朗読するまでの過程が、この本に書かれています。
これから原爆、原発と向き合う人に、必読の書だと思います。

コメント

でこぼこみちさん

2013年08月29日 20:33

ご紹介ありがとうございました。

youtubeでも確認してみて 是非読みたいと思い早速注文
今日届きました。
今夜 味わって読んでみます。

とりあえずお礼をと思って 書き込みました。

http://www.youtube.com/watch?v=lEalWrdso8w