全州

全州は中規模都市で百済時代にはもう知られていたそうで、新羅時代には州となり、日本の平安時代、後百済の都でもあったそうだ。今更でもないが、全羅は全州と羅州に因む。何でも昔から反中央政権的な政治風土らしいし、差別されていたそうだ。まるで東北地方的。強かで、有力政治家を世に送る隣の慶尚道はとは異なる(根拠の無い推断)。

宿から適当に歩き、迷い、警官に聞きながら、市バスで旧市街に何とか辿り着いた。バスでは高校生に下車停留所を聞いた。日本人高校生よりは英語力ありそうだ。

旧市街では豊南門、殿洞聖堂、慶基殿、韓屋を廻る。全州は一箇所に主要な見所が固まっているので