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よくあるご質問

☆初音  「善女の顔」

山形の立石寺を訪れて詠む

五十年ぶりの
ご開帳
日傘閉じ
善女の顔して
列に並ぶ

※奪衣婆は三途の川で着物を剥ぎ取り、枝にかけその重さで地獄にゆく人、天国にゆく人と
振り分けると言われています。

奪衣婆様に
着物は剥ぎ取られ
魂は頼り無く
五月の光に
さらされる


蝉塚にて
芭蕉の句を
淀みなくそらんじる
高校生の我に
出会う


はぁっと空を仰ぎ
むむっと足元を見る
一千回余り
繰り返せば
奥の院


ようやくの
阿弥陀如来様
願い事は浮かばず
ふりかえり
石段をみる


※奪衣婆様がいる姥堂の上が天国、下が地獄と言われています。

ふたたびの
奪衣婆様
善女の顔を
外して
山をおりる

コメント

初音さん

2013年08月09日 14:26

みりんさん、立石寺の爽やかな風を感じていただき、ありがとうございます。
本当に、上るにつれ、風が涼しかったです。
しかし、やはり、階段はきつい。
少しでも、歌を読んで一緒に上っている気分を分かち合えたらいいなとは思いました。

初音さん

2013年08月09日 14:23

くにゃにゃんさん、残念でしたね。私も1回目は台風で、下から見上げていました。
台風の中行く方も行く方ですが。

高校生の時奥のほそ道を習いましたが、あの時は兵庫県にいました。東北に行くことなんて夢にも思っていませんでした。つくづく、こんな遠くにきたもんだと思いました。

今では、あれそれの世界なのに高校の時、暗記したものは忘れてないですね。

初音さん

2013年08月09日 14:18

ブルーさん、1首目はほほよせの会に持って行った歌です。
ご開帳は大変な人出でした。やはり、五十年に一度というわけで盛り上がりはすごいです。

よくお寺の中継で、善男善女という言葉が使われるなと思い、そこからの発想で詠みました。
並んだ人がみな、善男善女ではありません。その嘘くささを詠んだのです。

みりんさん

2013年08月09日 09:35

暑い中でも立石寺の石段は木漏れ日が降り注ぐ
爽やかな風を感じます。

行きと帰りの詠まれたお歌は読み応えがありますね〜
どれも素晴らしいです。。

くにゃにゃんさん

2013年08月09日 08:45

初音さんらしく 上品で凛として 魂の高潔さを感じます

私も行きましたが 仙台駅でミスり 1時間のロスがあったので奥の院が閉じられてからの到着でした
17時に閉まるの知らなくて(笑)
千葉からゴトゴト普通列車の旅(18切符)で行ったのにね
同じ所へ行っても 私は「観光地&歴史」という観点で行ったので お寺という観念が薄かったです

3首目が好きです 初音さんの高校生の時の写真がみたくなりました
ほほえましく さもありなんです

ほほよせの時山寺って聞き逃したのか「立石寺」で分からなくて 関東のどこかのお寺だって思ってました(笑)

ブルーさん

2013年08月07日 21:08

皆さんのコメント、どれも共感いたします。
初音さんの連作、とても読み応えがありました。
私は1首目が好きです。
日傘を閉じ 静寂の中にも厳かな空気が感じられます。

初音さん

2013年08月07日 21:02

けいさん、コメントありがとうございました。

けいさんも行かれたのですね。本当に奥の院からの景色は、最高ですね。
とにかく、たどり着くことだけしか頭にないですよね。

けいさん、60歳の時に上られたということですが、健脚だったのですね。

初音さん

2013年08月07日 20:56

ちあきさん
歌会、ありがとうございました。ちょっと、時間が足らなくて残念でしたね。
お話、できなかったですし、ハグも。来年、楽しみに、鬼が笑うか。(笑)

そうですね、三途の川といえば説明なんていりませんね。
気が付きませんでした。ありがとうございます。

善女のふりして、奥の院を目指したものの、そんなものは剥ぎ取られてしまいました。
その山にいる時だけは、確かに善女でした。
でも、姥堂の下は地獄と言われてる人間界。その世界に戻ると、もとの初音になりました。

こういうストーリーのある連作を今回作ってみました。

ちあきさんが以前言われた、「とにかく詠む」という言葉が痛いです。
ちょっと、怠けてました。反省しています。

ちあきさん

2013年08月06日 01:23

初音さん、こんばんは。歌会、お疲れさまでした。今回、ちょっと絡みが少なかったかな?(笑)

わお! すごく好い連作ね! 巧いなぁ。
どうして、もっとどんどん創らないの?(苦笑)

蝉の声がにじむ静寂を想います。
立石寺、私も一度行きましたが、何か不思議な力を感じるところですね。

6首とも、心情が手に取るように解る、言葉の使い方が的確な作品だと思います。
私は特に、二首目がすごく好き。魂が恥ずかしそうに、頼りなく、光にさらされる、脆さがたまらなくいいなぁと思います。
そう言いながらも、ちゃんと光の中に存在するんですよね。その存在感が大切。

でね、奪衣婆様の説明書きがあるじゃない? つまり、三途の川の辺りにいるんですよね?
だとすれば、それを歌に入れてしまえば、説明が不要になると思いますよ。
たとえば、


三途の川の奪衣婆様に
着物は剥ぎ取られ
魂は頼り無く
五月の光に
さらされる


三途の川で
奪衣婆様に着物を剥ぎ取られ
魂は頼り無く
五月の光に
さらされる


というような形で詠み込んでしまえば、歌で完結しますよね。
他にもいろいろ、パターンはあるかと思いますが、歌のほかに説明を入れずに済むほうがスッキリすると思いますよ。

善女ですか。初音さんは仮面じゃないですよね。本物の善女だと思いますよ。
すごくしっかりされていて、正直な方だと思いますからね。

私は今のところ、とても善女とは言えないと自分で思いますが、三途の川を渡る頃には善女になれるように、頑張ろうっと。(笑)

ぐらんまけいさん

2013年08月05日 23:11

山寺、立石寺を訪れて詠まれたのですか。
連作のどれも素晴らしいです!

私も元気に歩けた頃、60過ぎてから登りましたよ。
登りきって眺めた景色がとってもよかったです。

初音さん

2013年08月05日 21:41

ほほ寄せの会に出した歌をきっかけに連作にしてみました。

もうもう千数百段の階段を上るだけで、大変。一種の修行で、上り切った後は、ただしんどいだけ。何も考えられない。欲は階段におきながら上るとパンフに書いてありましたが、まさにその通り。
欲張りな心は洗われても、山をおりればまた、元通り。というわけです。

善女の仮面かぁ〜。まだ、私って、素直なのね(^_-)-☆

nekoさん

2013年08月05日 21:22

旅は新しい発見がありますね。

立石寺を訪れた時の様子を時系列で詠んだ力作ですわ。

初音さん独特の視点が「善女の顏」という題からも伝わってきます。
お寺にいる時間に本当の姿を見破られ、素顔で生活に戻るのでしょうか。

ずるい人なら、また仮面を被り直すところですが(笑)