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よくあるご質問

☆N      第9回「ほほよせ会」の歌

提出歌 たぷたぷと
    油を吸った
    揚げ茄子は
    孕み女の
    貫禄を持つ

(茄子を素揚げした時の、艶やかさと重量感に驚いた時の感覚を詠みました)

意見?「孕み女」に違和感を感じる。
    孕むは動物に使う言葉ではないか。

   ?「妊婦」では平凡な歌になる
     「孕み女」の表現のほうがリアル感がある。

帰宅して辞典を調べましたら「女性に言うと失礼になる」とありました。

サイトで調べましたら「孕み女」を使用した詩歌がいくつかありました。

<例> あんこうや孕み女の釣るし切り(俳句・夏目漱石)
    目を細め軒の燕の巣をみやる孕み女の丸き体よ
    夜のボイラーに火は燃えさかる孕み女の腹の胎児も目覚め踊るか(短歌 安宅貞夫)
    子を孕みひっそりと吾は楠なればいつまでも雨のそばにありたり(渡辺松男)
    わが少女孕めりといふあはれあはれかかる風刺は我未だ聞かず(石川啄木)

課題は詩歌のおける表現の自由はどかまでか?ということです。
実生活の中で失礼にあたる言葉を詩歌において使用することは、NOなのか?
そうすると言葉選びにかなりの制限ができます。

しかし「キチガイ」という言葉を本の中で使い、非難を浴びて「それなら筆を折る」と書かなくなった有名な作家もいます。

私的には「チンバ」「キチガイ」「ギッチョ」「バカチョン」etcは蔑称と感覚的に思い避けていますが「孕み女」が誌歌において同列のなか悩むところです。



どこまでが、詩歌における言語の許容範囲なのかメンバーのかたのご意見を聴かせていただきたいと思いますm(__)m

コメント

nekoさん

2013年09月01日 10:42

ちあきさん
ありがとうごさいます。
忌憚のない意見を貰えるのが「ほほよせ会」の良いところです。
それらを参加にしたうえで、推敲し、詠んだ歌ですので私的には納得の歌です。
コメにも書きましたが万人に共感を得る歌はありませんし、読み手の解釈に任せたいと思っています。

ちあきさん

2013年08月31日 21:48

皆さん、こんばんは。いつもありがとうございます。
皆さんが、熱心に五行歌に取り組んでくださる姿勢に頭が下がりますよ。

なるほど、皆さんのご意見を聴いて、それぞれの方々の考え方がいろいろとあるのだなぁと感じました。そりゃそうです、一人ひとり、違うのが人間ですからね。

総合的に拝読して、私の意見を申し上げますが、これが一番良いというわけではありませんし、皆さんなりに心の中で考えてくだされば幸いだと思っています。

まず、どこまでの表現が許されるのか、という問題ですが、基本的にはこれを使ってはいけないということは無いと私は考えています。制約をつけてしまっては、自由で広がりのある表現が成り立ちませんから。

ただ、読み手がどう感じるのか、読み手が不安を抱いたり、不快感を持ったり、その言葉を拒否して目を背けたくなったり、ということを、ある程度、予想することは必要かしら。
その場合、そうなるだろうと予想しながら、あえてこの表現しか無いだろうと考えて使うぶんには、問題は無いと思います。それは、表現者に与えられた自由があるからです。

あと大切なこととして、歌に使われた言葉一つを見て、好きだとか嫌いだとかを判断するのではなくて、どういった歌のどのようなところで、どう使われているのか、それによっては「殺す」という言葉を使いながら、慈愛に満ちた歌である可能性もあると思いますよ。

あとは、人が歌を創り、歌は人を表しますからね、たとえば不快感の漂う歌ばかりを創っている歌人がいるとすれば、誰もその方の歌を読みたくなくなるでしょうし、相手にもしたくなくなるでしょう? たぶん、そういった歌人さんは読み手に無視されて、やがて自然に消えて行ってしまわれると思うんです。

コミュやほほよせの場合は、歌友さん同士の間のことですから、読み手と詠み手の意見が多少食い違ったとしても、歌友さんの真意、お人柄を想えば、穏やかな気持ちになれると思うのですよね。

今回はたまたま、nekoさんのお歌について論議を呼んだわけですが、nekoさんがどんな方に対しても蔑視をする方ではないということは、もちろん周知のことですし、「孕み女」という表現が一番ピタリと来るという判断で、あえて使っていらっしゃることも解っているのですから、むしろ良い学習の場をいただいたということだと思います。

また、ほほよせの会をまとめてくださっていたくにゃにゃんさんのご苦労、とてもよく解ります。
いろいろな方のいろいろな思いや歌に向き合っていくことは大変なことですし、私も雑誌を主宰していますので感じるのですが、前を歩いて行くことの不安や苦心は、どうしても拭い去ることはできないものですね。

というわけで、皆さんのご意見をうかがい、とても大きく深い勉強を私自身もさせていただいたと思います。ありがとうございました。

これからも、皆さんと真摯にお歌に向き合っていきたいと考えています。(にっこり)

nekoさん

2013年08月18日 20:34

> 草壁先生 嫌いになっていませんよ よく知らない人です。

ならば敢えてコメに書く必要はないでしょう。
まして「犯す」という言葉に不快感を感じるのであれば、その旨を書いてください。
個人名を出すということは、何らか意図がある、と邪推されますよ。

>「木をみて森をみず」そうだと思います。

部分的なことは後回しにしてまずは、作者の想いに寄り添うという意味です。
そう思うのであれば、そういう風に歌を鑑賞なさってください。

>私は人間関係において(略)

私のコメはあくまで五行歌に関してのコメです。
くにゃにゃんさんが個人的な人間関係において、どういうスタンスをとろうとそれはご自由です。
混同なさらないでくださいね。

nekoさん

2013年08月18日 12:47

くにゃにゃんさん
私は主宰者云々もありますが、歌の鑑賞のしかたが、非常に狭いと感じます。
これは、くにゃにゃんさんのお歌への意欲や熱意を充分わかった上でのことですから誤解なさらないでくださいね。

先日の「ほほよせ会」でのくにゃにゃんさんの意見を受け止めて帰宅し、迷い、調べ、推敲した結果、元歌に戻りました。

草壁さんに対して「歌は覚えていないが『犯す』は覚えている(=草壁さんは嫌い)は読み手に対して失礼ではありませんか?

「木を見て森を見ず」という鑑賞法になりますよ。

歌に対しての私の経過や見解を述べたにも関わらず、いつまでも呪文のように「孕み女は・・・」云々は私を戸惑わせるばかりです。

nekoさん

2013年08月18日 12:36

無時空さん
もうしわけありませんm(__)m
「ほほよせ会」でルールを作るとなると、自由な作歌ができなくなるので、誤解いたしました・・・汗

nekoさん

2013年08月18日 12:33

reiさん コメありがとうございます。

私も歌は一首まるごと鑑賞して欲しいと思います。
ですから作歌の過程で「殺す」「犯す」「そしる」etcの言葉への拒否反応(偏見)は私の中にはありませ。
歌意を読みとることが一番大切なことだと感じています。

くにゃにゃんさん

2013年08月18日 07:56

無時空さん
どうしよう 私 歌の感想 全て私情で言ってました
今まで言ってきたこと 草壁先生の事以外は 「ほほよせ」でも言った事です
無時空さんの24でのご意見は 私なりに考えてみます
このトピでは nekoさんの歌に戻りますね

くにゃにゃんさん

2013年08月18日 07:44

>知識も何もない今の私の気持ちだけの意見です

私はこれです
だから 使うなという気はありません 感想を聞かれたら「好きな言葉じゃない」というと思います 「はらみおんな」より「はらみめ」の方がいいと言います

歌を深く読めない私だから 「女の腹を殴り続けて」・・・なぬ〜!(怒)ってなるでしょう(笑)

今回の「提出歌」はわたしでもとても分かりやすくて 共感できる歌です

reiさん

2013年08月18日 02:24

<例>の5首の頃「孕む」はごく日常的に会話でも

up歌中の「孕み女」についてですが作者が見据えた個人的な生活の表現であり大衆的に訴えた表現でないことは歌を一読すればわかりますよ
「孕み・・」の一語だけを取り上げてどうのこうのはちょっと・・・淋しいかな

リアルな真実を感じ包み隠さず添えてみる言葉
勿論、あっていいと思います
意識して穏当な言葉だけを選んだ歌作り・・・どうだろう??

nekoさん

2013年08月18日 00:34

くにゃくにゃんさん
穂村弘さんの「シンジケート」歌集に↓
「女の腹なぐり続けて夏の朝朝顔(便器)に転がる黄色の玉」といいのがあります。
歌意は、子供をもつことで自分たちの恋愛が社会性を帯びることへの拒否と書いてます。
これは角川短歌賞の次席になった歌ですが、「女の腹なぐりつづけて」だけでもうNOですか?
もちろん歌の表現力の上で実際のことではありません。
私も茄子を孕ませたわけではありません。

くにゃにゃんさん

2013年08月17日 23:57

無時空さん
私は 規則をつくる事は今考えていません
今回 いろんな意見がでて良かったと思います 私も自分の思った事言いました
それは知識も何もない今の私の気持ちだけの意見ですけれど 
他の人の意見を読んで なるほどこういう考え方もあるのかと思いましたし 
もうひとつ 私には判断(線引)できないから〜(笑)

nekoさん

2013年08月18日 00:00

無時空さん
今の社会では「少しふとった?」というだけでセクハラになります。
不快感を持つ人もいれば、歌ならばよしという人もいます。
歌は詠んだ後は自分の手を離れますが、あくまでも五行歌としてどうか…という観点からの読み手の講評が欲しいところですわ。
「犯す」も一首の中でどう詠まれているかが問題で、単語だけをつまみ出しでどうこうはいかがなものかと。
最初のコメントでプロ歌人の歌をUPしましたが、それも全否定ですか?
今朝の新聞に松江市で「裸足のゲン」がむごい場面があるという理由で小中高に貸し出さないと決めて、批判されています。
私は映画の主旨を考えれば、若者に見て欲しいです。
歌もまた同じではないかしら?

nekoさん

2013年08月17日 23:40

くにゃくにゃんさん
日常の話し言葉と口語体の詩歌は異なると私は思っています。
短歌には私が避けている「バカ」という言葉を使った歌がありました。
最後は自分の感性で詠むしかないのでしょう。

くにゃにゃんさん

2013年08月17日 23:29

草壁先生が 「犯す」という言葉を使った歌を読まれました
その歌の内容は覚えていませんが 「犯す」という言葉を使った人ということは覚えています
歌だからいいと割り切れません 今の私は。(最近本を読まないし文芸にもうといので)
「はらみ女」が「(女性を)犯す」とイコールという事ではなく 自分が使って欲しくない言葉イメージの悪い言葉の例で出しました

nekoさん

2013年08月17日 12:40

ベジさん
「ほほよせ会」はくにゃにゃんさんが頑張って引っ張ってくれています。
参加メンバーの率直な意見を聴けるので、勉強になります。
トトロですか!
言われてみれば(笑)
いいですね〜♪

Dr.ベジさん

2013年08月17日 12:25

ほほ寄せ、行きたかったけど仕事で残念でした。

皆さんのコメを読ませて頂き、文学音痴な私にはとても参考になります。

昔はよく揚げナス作っていましたが、カロリーが高いので今は素焼きナスです。生姜醤油をかけると美味しくヘルシーです。(o^−^o)


揚げナスのふっくら感を妊婦のお腹に見立てるなんて、さすがです。

「孕み女」ですが、私は、人に対して言うなら失礼きまわりないと思いますが、歌として自分の感覚的な意味合いで使うのであれば、何も問題がないように思います。


でも私なら、妊婦のお腹にしないで、トトロにしますけど(*^▽^*)
揚げナスは油の中を泳いでいるトトロですよ。(笑)

nekoさん

2013年08月17日 11:19

ブルーさん
地味で野菜の中では目立たない茄子が、突然存在感のある「役者」に変わる瞬間を詠んでみました。
まるで歌舞伎の引き抜きのように…なんて。ドラマ「ぴんとこな」見ているのでお許しを(笑)

ブルーさん

2013年08月16日 23:02

ほほ寄せの会、皆さんの活発な意見が交わされる場なのですね。
ネット上での言葉ではなく、実際に顔を見て話ができるというのは
やはり全然違うと思います。

揚げ油から取り出した茄子の艶やかさがよくわかるお歌だと思いました。
耳から入ってくる「たぷたぷと」 という響きも、いかにもそんな茄子の
様子を表しているようですわ。

nekoさん

2013年08月13日 19:22

初音さん くにゃにゃんさん。
コメントありがとうございます。
「たぷたぷと」はたっぷりと油を吸った茄子と、油の海に漂う様子の両方をかけてみました。
くーちゃん
技ですか?
あんまりないわ(笑)
感覚的な詠みが多いかもしれない。