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よくあるご質問

高句麗と扶余国

1、高句麗

言わずと知れた「朱蒙」が起こした「三本足の黒鳥=八咫烏」を、国章とした国。

神武天皇東征時に道案内をしたとかの「八咫烏=伝説の部族」
現在、「熊野大社」の神紋」ですね。

2、扶余国・夫餘国

中国・東北部に有った幻の古代国家。

朝鮮の三韓は、全てここから出たと思われる。
一部歴史学者は、「扶餘国=高句麗」同一論を唱える。

まあ、朱蒙の高句麗建国神話によると。
夫餘国王の愛妾から庶子として生まれた朱蒙の高句麗が滅ぼし吸収したせいかもしれない。

この扶餘国、どうもユダヤ民族らしい。

結局、扶餘国は「流民化」して中国の歴代王朝の悩みの種になっていく。
まあ、流民化したのは扶餘国だけではないが。
流民の中心民族に成ったのは間違いないでしょうね。

ユダヤから始まった世界的な流民の放浪の旅は、とうとう島国日本まで及ぶのですから。ーー;

コメント

マーティン・ランドーさん

2015年03月06日 09:25

「問題は、素戔男尊を祀る神社が・・・

「素戔男尊布津御霊神社」・「素戔男尊布流御霊神社」を名乗ることでしょうね。」

これをみると、素戔男尊は「扶餘国」出身ということを強調してるようですね。

まあ、高句麗の三人の王子のうちの、「布流」を当てる人も居るかもしれませんが。
私的には、母が助けられ自らが育った「扶餘国」の名を残したのではと考えています。

マーティン・ランドーさん

2015年03月05日 17:06

「その弟の方の温祚王というのが王位につき」⇒「その弟の方が百済を立て温祚王というのが王位につき」の、引用先の間違いですね。^^:
そうでないと、「瑠璃明王」が、飛んでしまいますから。

これは「百済本記」からの引用と思われますから。
それにしても、新羅が出てこないのは不思議ですね。
よほど兄弟仲が悪かったのでしょうね。(笑)

マーティン・ランドーさん

2015年03月05日 13:18

2、「素戔男尊の父・フツシ神話=ミスコモル」

「紀元前一世紀頃,高句麗王朝の朱蒙という王に二人の王子がいて、その弟の方の温
祚王というのが王位につき、その子孫が百済王朝を築いた。この兄の方は名前を布流
といい、海に面したミスコモルという場所に弟とは別の国を作ったが、布流の国は土
地が悪くて住み難く、布流はそれを恥じて死んでしまった。」
ここに登場する布流は、スサノオ一族と同系統の名で、ニギハヤヒの本名と同じであ
る。

添付の図、「東明聖王」の三人の王子。

ひとりが、「百済の温祚王」もうひとりが素戔男尊の父だと思われる「布流」ですね。

問題は、素戔男尊を祀る神社が・・・

「素戔男尊布津御霊神社」・「素戔男尊布流御霊神社」を名乗ることでしょうね。

マーティン・ランドーさん

2015年03月05日 13:08

日本のルーツと思われる国のひとつ「出雲」には「素戔男尊」という英雄が誕生しますが。

此処では話が逸れないように、「出雲」が現在の出雲と違うことは省略します。

1、高句麗の始祖伝承によると、始祖・朱蒙は現在の中国と北朝鮮の
国境付近にあった布流国を滅ぼして高句麗を建国したことになっている。BC37年のこ
とである。
この伝承の真実性は定かでないが、この頃「フル」という系統の地名なり、人名なり
が、朝鮮半島北部にあったのは確かであろう。
スサノオ一族の祖(フツ)はこのあたりに住んでいたのではないだろうか。
あるいは、布流国王家の一族かもしれない。
スサノオが誕生したと推定される時期(BC40頃)と朝鮮半島の伝承による布流国の滅
亡の時期(BC37)がほとんど重なる。
朝鮮半島の権力争いに敗れたフツ一族は,紀元前40年頃,朝鮮半島南端部から船出を
したということが考えられる。
実験によると朝鮮半島南端部から漂流した場合、対馬海流に流されて、島根半島北側
の河下湾に漂着する可能性が高いことがわかっている。
スサノオの生まれたといわれている平田市の宇美神社は、河下湾のすぐ近くである。
そして、河下湾周辺には、朝鮮半島から上陸した人々のものと考えられる遺跡が伝承
と共に存在している。

マーティン・ランドーさん

2015年03月05日 08:03

現在、キリスト教は直接の関係がないので元に戻ります。

今は、高句麗と扶餘国の日本との関係です。

扶餘国とキリスト教と日本の関係なら、別にトピックを立ててください。

hideziiさん

2015年03月04日 20:06

「十三湊」は、「土佐港」ですから・・・

16世紀のヨーロッパの世界地図では、「土佐は”TONSA”」と発音されていたようですネ。

戸来村では、両説あるようですヨ。

マーティン・ランドーさん

2015年03月04日 09:09

>higeziiさん

戸来村は、「キリストの墓」伝説ですよ。

ゴルゴダの丘で処刑に成ったのは、弟の「イスキリ」だという伝説ですね。
まあ私は、青森には東北蝦夷の文化圏が有り、十三湊は海洋貿易の中心地だと思っていますから、そういう伝説が流れ着いたと思っていますが。

hideziiさん

2015年03月04日 03:33

>この扶餘国、どうもユダヤ民族らしい。<

この記述に魅かれます。

この記述から、「青森県・戸来村にキリストの弟の墓がある」伝説に真実性を感じさせられます。

地理的に大陸・沿海州から渡り易い場所にありますからネ。