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よくあるご質問

『自分』とは、『自』然の『分』身。

☆秋本番の季節と成りました。
 今回は自然と自分との因果を何となく(笑)綴らせて頂きました。
 少々意味不明で伝わり難いかも知れませんが、
 読み流して頂ければ幸いです。



     あの世が、あるかどうかは判らない。
     この世は、非常に複雑だが魅力的でもある。

     この世を、どのように受け止めるかは人それぞれだが、
     この命果てるまで我等は、生きねばならない。
     命ある限り、無意識にも何かを求めて、何かを望みながら、、、。
     そして幸いにも「楽しむ」と言う知恵・思考があるなら、
     多くを観察し、認識し、検討し、何かを得たい。
     それを、繰り返し、そして、「自然に死が訪れる」。

     それは、自然界のあらゆる生命体も本来同じなのだと想う。
     我等は「自然界の中から分身した生命体」であることを、
     再認識して自然界が我等の「本地」である事の自覚を持ちながら、
     二度と歩むことの無い新たな今月の日日を、
     自然に敵する愚を冒さずに大事に歩んで行きたいものです。

コメント

沙門聖さん

2013年10月02日 11:56

らくてん同志へ、

 自然の中でせっせっと生きる動植物などを見る度に、自分を含め人の慢心を
 感じてしまいます。

 「あの世が、あるかどうか分らない」。

 私は、あの世と言う死の先の世界の存在を否定して居る訳ではないんです。

 絶対に分らないことだけに、 

 本音は興味深々なんですが、もう今は考えることに徒労を感じたんです。

 死後の自分を空想する楽しみって、もちろん私にもありますよ。

沙門聖さん

2013年10月02日 11:39

かえもん同志へ、

 善き歌を、ありがとう御座います。

 諸行無常とは、決して儚いものなどでは無いですよね。

らくてんさん

2013年10月02日 10:20

自然界や生命体への認識は同感です。
多くの人々が、そのように自覚してくれると豊かな人生が送れるのに
残念な社会ですね。

ただ、「あの世が、あるかどうか分らない」 ・・ とは?

僧侶である沙門聖さんの発言として聊か腑に落ちませんね。

私は、あの世には何もないと思っていますが、先日義父母の遺骨を受け継ぐ
ことになり、自分の入る墓も決めてしまいました。
そして生前戒名も授かりましてから、あの世の浄土を考えるのも悪くない。
ご先祖さまや友人知人と再会するのも楽しみ、心和む想いですね。

kaemonさん

2013年10月02日 02:27

こんばんは。そうですね。「自然にしたがって生きる」これが苦を減らし楽しく生きるコツ

かも知れません。

道歌に「春は花咲き秋は月夏は涼風冬は雪あだにこころを使わねば

     わが世楽しく時は過ぎ」

     諸行無常を受け入れる努力が必要ではと考えます。