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よくあるご質問

ストラディヴァリウスの響き

札響定期演奏会、全曲シベリウスで「アンダンテ・フェスティーヴォ」、ソロ・竹澤恭子の「ヴァイオリンコンチェルト」、「交響詩・四つの伝説曲」。指揮者が演奏前にマイクを持つというのは他ではなないだろうが、プレトークとして尾高さんはこんな話をされた。
 「若い頃、初めて外国に出たのはピアノの館野泉さんに〈尾高さん出なきゃだめですよ、一緒に行きましょう〉と進められたからでした。フィンランドのヘルシンキに行きました。シベリウスの住んでいた家に案内してくれましたが、クローゼットには洗濯屋さんから届いたままのビニールの被った洋服がそのまま架かっていましたし、居間に大きなラジオが置いてありました。晩年のシベリウスは作曲などの仕事はせず、短波放送に周波数を合わせて、世界中のオーケストラの演奏する自分の曲を聴いていたといいます。そしてフィンランドでは館野さんは神様のように尊敬されている音楽家なのです」と。
 館野さんが脳血管障害で右手が不自由になる前、2000年11月3日、札幌芸術の森で〔シベリウスのフィンランディア〕の合唱入りを館野さんの指揮で歌ったことがある。(CDにサインを戴いた)その時この曲に寄せるフィンランド人の特別の想いについて語られた。
 9世紀から14世紀まではスウェーデンの占領下にあり、以後1809年まではロシアとスウェーデンが戦うたびに戦場となって、1809年の戦争終結の証として、今度はロシアの公国となる。独立を宣言したのは1917年6月。第二次大戦中もソ連の支配に抵抗した。
 長年の悲願を達成したフィンランドの人々の独立心は大変に強く、〔フィンランディア〕は圧制に対する国民の抵抗の想いの宿った民族を奮い立たせた曲でもあった。
 「フィンランドは自然豊かで、人がとってもあっかで優しいのです。その居心地のよさを口にすると、館野さんは、〔フィンランド人は日本人と同じ血が流れていますから〕と、斉藤秀雄先生と同じことを言われた」と。
 フィンランドは、フン族、つまりハンガリー(フンガリー)と同属であり、フィンランド語の半分はハンガリー語だというし、そのハンガリーは中央アジアのモンゴロイドの流れ。日本人とは親戚関係で、ハンガリーも姓名の順が一緒だし、赤ちゃんに蒙古斑がある。
 ヴァイオリンの竹澤恭子さんは3歳からヴァイオリンを始め、6歳から才能教育研究会海外派遣団の一員として海外ツァーを行い、1986年インデアナポリス国際ヴァイオリンコンクールで優勝してスターダムを昇り続けて、世界の名だたるオケや指揮者と共演している。使用楽器はストラディヴァリウス・ソサエティより貸与されたグァルネリデルジェス(1742年製)の「ヴィ二アフスキー」。
 ホール全体に響きわたるこの音の凄さにも驚いた。

 木村尚三郎著『近代の神話 新ヨーロッパ像』中公新書、読了。数日前に読んだ『歴史の発見』の7年後に書かれたものである。
 暗い死の時代の象徴であるペスト。1347・8年の大ペストから1720年まで宗教争乱、内乱が渦巻いていたヨーロッパは「ペスト」「戦争」「魔女狩り」の時代であった。
 ペストは旧約聖書(サムエル記)にも出てくる。6世紀の半ばに東ローマ帝国でもペストが大流行しているが、ボッカッチョの『デカメロン』はペストの悲惨な描写から始まる。16世紀半ばに地球の寒冷化が始まり、ペストによる人口の激減と深刻な農業不況。
 こうした気候不順→穀物収穫量の減少→相対的人口過剰→慢性的栄養不良→死亡率の上昇と人口減少。疫病の発生、内乱、戦争、という図式が最も顕著であった16世紀後半から17世紀。カトリック教会聖職者のゆとりある自己充足的な生活と精神態度は憎悪と険悪の対象となり、またありもしない幻影におびえて悪の人格化に執着し、貧しく真面目なプロテスタントの地域に魔女狩りが頻発していた。そうした時代を越えて今日がある。
 字数の都合で飛ばして結論を急ぐと、著者は終章で、「ヨーロッパ史上最も暗く、生きるに辛い時代であった。しかしその中で人々が心を磨き、自己否定の苦しみのうちに精神と社会の普遍的形式を生み出したからこそ、現代ヨーロッパの科学技術文明と文化風土とのみごとな調和、大陸型複合国家への漸次的かつ着実な進展が可能となりつつある」と、1975年の著作に今日のEUの姿を予見し期待している。

カテゴリ:ニュース・その他

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