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よくあるご質問

思い出の競走馬

マイアルバムの中に、競馬スケッチというタイトルのアルバムが
いくつかあります。パドック、レース、場内スナップなど競馬場内
で撮った写真です。競馬場で写真を撮り始めたきっかけは、15年前
に競走馬を所有するクラブ法人に入会し、一口出資の会員になって
からです。

出資馬が中山競馬場、東京競馬場のレースに出るときにはいつも
カメラを持って競馬場へ通っていました。

競走馬のクラブ法人は、会員に1頭のサラブレッドを40口〜500
口程度に分割して出資という形で共有するシステムになっています。
これにより1頭あたりの負担額は口数分の1になり、一般の人でも趣味
の範囲で競走馬を出資馬として持ち、競馬を楽しむことが出来ます。
もちろん馬主ではありません。

クラブの募集馬から気に入った馬を選び、ささやかに一口出資。
競走馬としてデビューするまでの期待感、そして実際に競馬場に登場し、
レースに出走することが一番の夢と楽しみを与えてくれます。

これまでに毎年2頭〜3頭の出資を続けていますが、デビューさえも
果たせなかった馬、一度も勝つことなく競馬場を去っていった馬。
G1という大きなタイトルを掴んだ馬、クラシックレースの皐月賞から
ダービーまで出走できた馬。1頭、1頭いつまでも忘れられない馬たち
です。そんな中で一番好きだった馬がマイネルハーティーという馬です。

この馬の父、マイネルラヴは一口持っていた馬で、引退後種牡馬となり、
その初年度産駒の中から出資した1頭がハーティーでした。
2004年7月にデビュー3戦目で武豊が乗り初勝利。その後5年間で大きな
怪我もなく元気でいつもメインレースに登場していました。レースは常
に最後方をぽつんと走っていて、最後に追い込んでいつも先頭に届かず。
こんな繰り返しでしたが、ゴールまでの直線だけに期待を込めて、また
だめだったね!また今度、というのが私の合言葉。元気に走っている姿
を見るだけでいつも嬉しかったものです。

デビュー戦から数えて54戦目となったのが、東京競馬場メインレース
のオーロカップ。去年の11月15日の事です。スタートしていつものよう
に最後方から追走、最後の直線に入って追い上げに入るも、ゴールまで
あと400mのところでガクンと失速。

そのままゴールを通過することなくレースを中止してしまいました。
この時は家でテレビ中継を見ていましたが、直感的にレース中に故障し
たことはわかりました。競走馬にとって骨折は致命的な怪我です、回復
の見込みなく直ちに安楽死の処置がとられてしまいました。

最後のレースから今日でちょうど1年が経ちました。
いつもあたりまえのようにレースに登場していたハーティー。
デビューから5年5ヶ月、54戦3勝。最後のレースはゴールを果たせ
ませんでしたが、今でも思い出の中で懸命にゴールに向かって元気
に走っています。


写真は2007年11月23日、東京競馬11レース。
キャピタルステークスに出走した時に撮ったものです。

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