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よくあるご質問

読書日記、思い出回顧

前回の日記から6日も空いてしまった。
 高階秀爾著『ルネサンス夜話』河出文庫、同著『歴史のなかの女たち』文春文庫、桑原武夫著『フランス印象記』講談社学術文庫、森本哲郎著『ぼくの旅の手帖』角川文庫、木村泰司著『美女たちの西洋美術史』光文社新書、を読了した。
 最後の光文社の新書は、「名画・肖像画で読み解く」シリーズの一冊に加えられるカラー写真満載の11月20日初版の最新刊。
 他の4冊は20年以上前に求めたもので、読むのが追いつかず本棚に眠っていたものであった。
 『ルネサンス夜話』は美術史家の高階先生が、生来の物好きから直接美術に関係のないことでも気になり出すと調べてみたくなるという、それを「夜話」として語っている。
 美術の繁栄に大きな役割を果たしたメディチ家がどれくらい金持ちで、どのようにしてそれだけの富を築き上げたのか、また当時の戦争の担い手の傭兵隊長の契約と給金、占星術、人相学など、他の歴史書ではお目にかかれないことについても書かれている。
 当時の古文書を当たり、メディチ家の1457年の納税証明書からフィレンツェのフロリン金貨(金3.53g・現在1g3250円)での納税額を手がかりに、現在の貨幣に換算すると総収入は約14億円(この本の昭和62年の換算では、6億1500万円と記載)という数字が出てくるが、当時の購買力や多くの物価を比較しければ実感の伴った換算額とは言えないのかもしれない。
 フィレンツェの高額納税者(50フロリン以上の納税)11家の、2位〜6位までの5家の納税額を全部合わせても、メディチ家に敵わなかったほどメディチ家の財力はずば抜けていた。
 では何でそんな富を築いたのか。当時は銀行に限らず、お金を貸すことはかまわないが利子を取ることは中世以来、教会法によって厳しく断罪されていた。
 それは神学の問題であり、倫理の問題であった。
 「何を求めずして貸せ」(ルカ伝6-35)とあり、シャイロックが因業な高利貸しだったのも、ユダヤ教であったから罪の意識がなかったからだ。
 この時代の商業活動は極めて投機的な不安定なものであった。ひとたび持ち船が難破するか海賊に襲われるかすれば、元も子もなくする虞れがあった。
 では金貸しも出来ないとすれば銀行家たちは何によって利益を得ていたのか。それは為替手形によってであった。これは教会の掟に背くことなしに実質的に融資の利子を獲得する切り札であった。各国異なる貨幣での商業決済の際に、外貨への両替、振替、送金、支払いや取立ての代行等で。
 当時の「銀行家」は、大きな机の前に座って机の上に帳簿を広げて客と対応していた。この「机」のことを「ターヴォラ」または「バンコ」と呼んでいた。これが今日の、「バンコ」(銀行)であり、「ターヴォラ」は「テーブル」や「ベンチ」に繋がっている。
 メディチ家のローマ支店が大きな利益を上げたのは、教皇庁の財政を預かっていたからであった。教皇庁から司教などの地位を与えられた者は、それに応じた奉納金を納めなければならなかった。余り露骨にやると聖職位売買ということになり(ダンテの『神曲』のなかで強く非難されている)、逆に言うと、それだけ財源としては有効なものであった。それら諸々教皇庁の財政を一手に引き受けていたことは絶大なものであった。
 高階先生のもう一冊、『歴史のなかの女たち』(名画に秘められたその生涯)は、マリー・アントワネット、ジョセフィーヌ、ジャンヌ・ダルクなど24人の美しき女性たちの悲しくも鮮烈な生き方を綴ったものであり、光文社の新書『美女たちの〜』の方は、美女の肖像画として、画家は何を描きだそうとしたのか、彼女たちの運命、愛と悲劇など両書に重なり合う部分は多い。
 桑原先生の『フランス印象記』は、昭和12年から2年間フランス留学中に得た見聞・体験を纏めたもので、敬愛する哲学者アランとの会見やモンテーニュやスタンダールの遺跡巡りなど、当時のフランス社会と文化の姿が捉えられている。この本の内容よりも、これを求めた1977年ころの自分を、一瞬懐かしく思い出したものだった。
 『ぼくの旅の手帖』は、旅で訪れた25都市で味わったコーヒーとそこでの思い出を短く綴ったエッセイ。著者森本さんの本はほとんど読んでいるが、お元気なのだろうか。

カテゴリ:ニュース・その他

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