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よくあるご質問

音楽の魔

貧困率 世界第2の 我が日本
 文化立国 遥かなる夢 

★『音楽の魔』(粟津則雄/音楽之友社)を読みました。
※演奏会・レコード・音楽評の、鑑賞・読後感想文集です。

《あらゆる舞台芸術に見られることだが、これまた舞台芸術家である演奏家もまた、聴衆から離れて己の芸術のうちに閉じこもるや否や、たちまちその芸術が、痩せ、狭まり、生気を失うといったことになりがちなのである》

《それ(電子音・具体音に触れる)まで、西洋音楽の伝統的なな楽器の音色によって、隅々まで染めあげられていた私の耳は、文字通り根底から揺さぶられた、様々な作品を判断する私の価値体系そのものが、一挙に崩れ去ったといってよい》
※僕も、ハービー・ハンコクの生演奏に接した時、そんな感じになりました。

《ふと私は、もし自分がお返しに何かを歌おうとしたらいったいどういう歌を歌うのだろうと思い、背中のあたりがうそうそと冷たいような、奇妙な感覚を味わった。勿論、幾つかの民謡や俗謡が思い浮かべられぬ訳ではない。だが、それらを歌うことで、私の顔が、眼前のイタリア人のように生き生きしてくるかどうかとなると、これは何とも心もとないことだ》
※日本民謡にも、歌唱力を要し、感動的なのも多くありますね。が、如何せん、日常的に歌う機会が少ないのは残念です。

《音楽というと、オーケストラや演奏家の力量ばかりが問題にされるようだが、一国の音楽文化について考える場合には、聴衆もその不可欠な要素であって、聴衆を昂奮症や不感症に追い込んでおいて、文化もへったくれもありはしないのである》
※同感。経済的にも、世界屈指の貧困率を放置しといて、文化立国はないよね。

《聴衆の反応が、何とも無秩序なものであり、質的な密度よりも量的な効果に動かされるものとなったとすれば、一体どうすればよいか。こういう問に直面して、グールドは、聴衆一般などというものを捨て、理想的な1人の聴衆として、自分自身を選んだのである》

《ジッドの友人ヴァレリーが、驚くべき理解力を持った人物に出会ったという。ジッドは、常々、ヴァレリーの恐るべき知性に感服していたから、この友人が褒めそやす人物とはどんな男だろうと好奇心にかられてその人物に会いに出かけたのだが、会ってみると、その人物というのは、どこかの事務員か何かであって、彼はヴァレリーの話が何一つ理解できなかったので、ただひたすらうなずいていたということだけのことだったのである》
※僕にも似た経験が。ある童謡作曲家のお孫さんと話していて、調子よく頷いてくれて気分が良かったのですが、話が切れて沈黙状態になっても、時折頷いています。話を反芻したりしながら、自問自答で頷くことは誰しもあることでしょうが、いつもそうなので、頷くのがくせになっている風です。ガックリ。
 
《今まで一般にその存在も知られていなかった音楽の精神を感じ取り、この言葉では表現しにくい精神から出発して1つの音楽的スタイルを創造する、というのが私達の仕事であった。だからこの私達にとっては、現場で、自らの手で民謡を採集するということがこれほど大きな意味を持つのである。(バルトーク)》

〜〜〜〜〜〜1日のジョグデータ〜〜〜〜〜〜
28分25秒/八国山中5km/BMI:23.7/bpm:148/
靴:フォーミュラ(★★★★)
※大森さんの所では、オステオスペルマム(アフリカンデージー)http://tinyurl.com/2etxpmnに似た菊を指され、僕に「これ何だと思う?」とも問われていました。普通の菊を植えていたのに、何故かこんな花が咲いたのだそうです。大森さん自身も名を知らないとの事。僕も、始めて見る花です。ところがその後、キクの花弁を気にしながらジョギングコースに行っていると、途中に同じなのを見つけました。オーナーさんがいたので聞くと、「俺は知らないんだ。婆さんが植えたんだ」。僕:「じゃあお婆さんに訊けば分かりますね」。オ:「婆さん死んだよ」。僕:「え″〜っ! お婆さんには、ちょっと前、スズランや八重咲きムクゲ等を教えてもらったんですよ」。「うん、去年死んだんだ」。、、、ご冥福を祈ります。

※レイ・デポール・ジョンストン/四月の思い出/j.j.ジョンソン(トロンボーン)他、を聞きつつ

カテゴリ:エンタメ・ホビー

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