饗庭孝男著『知の歴史学』

1995年5月から2年間に亘って、『新潮』に隔月で連載された長編評論集。
 《眼に見える「歴史」とは何だろう。こう考えると私はよく歩いたヨーロッパの辺境の修道院や教会の建物を思い出す。たとえばカタルー二アの奥、リョブレガト河のほとりにひっそりと建っているサン・ベネット・デ・パーへス修道院の壁面をさわっていた時のことだ。(略)
 私は夏草がおい茂り、光がその影を回廊の柱に与える人気のないこの中庭を歩き、東の回廊の前に足をとどめた。
 文献によれば、これは十世紀のものである。他の西、南、北の回廊に較べると、どっしりとして二百年先立った時代の素朴な味わいを与え