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素浪人の『万葉集漫談』(146話)…大仏開眼と、春愁の家持の名歌。

(146) 春の野に 霞たなびき うら悲し
            この夕影に 鶯鳴くも
(146’) 我がやどの いささ群竹 吹く風の
            音のかそけき この夕かも
(146’’) うらうらに 照れる春日に ひばり上り
            心悲しも ひとりし思へば
      巻十九・4290・4291・4292 大伴家持

解説・ 万葉集の絶唱ともいわれる、家持が詠った名歌3首を並べてみました。もう、解釈の必要もないほど、分かりやすい歌ですし、大声で朗誦してみてください。現代語に訳すよりはるかに家持の心情、歌の真意、その背景が読み取れ、脳裏に浮かんでくると思います。
巻19の終りを飾る3首で、753年の歌です。春の長閑で暖かい日差しをうけて鳴く鶯、晴れた空を鳴き上るひばりなど、多くの人にとって、歓喜の声を上げたい風光明媚な長閑さです。それを家持は悲しいと詠っているのです。孤独な憂愁の歌です。

751年少納言となって都に戻った家持を待ちうけたのは、病気がちで政治的権力を失われてゆく聖武天皇でした。
藤原不比等の娘、光明皇太后を権威づける皇太后宮(紫微中台)が組織され、その長官に不比等の孫の藤原仲麻呂が抜擢され、時の孝謙天皇も不比等の孫娘で、もう天下は藤原氏によって掌握されており、大伴氏の出る幕はなかったのです。自らの非力をいやがうえにも肯く以外に道がなかったようです。

蛇足ですが最初の歌だけ大意を紹介しておきます。

大意・ 春の一日。野に霞がたなびいて、物悲しく心が沈むことだ。夕暮れのほのかな光の中で、鶯が鳴くのも聞えて一入その思いが心にしみる。 

752年には盧舎那仏が完成、開眼会がり、遣新羅使派遣がきまり、朝廷の文化行事もにぎにぎしく行われますが、家持の心を
浮き立たせるものにはならなかったようです。

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