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よくあるご質問

わきまえる

朝食時での会話である。
平等をはき違えていると話から、

   「昔、中学校の時、成績の番付け張られたっけね。」

600人の学年なら、200番まで発表された
つまり、普通なら発表されないわけで、普通の人は
せめて発表されるように頑張ろう。
100番の人は70番になれるよう頑張ろう。
勿論、10番以内なら、凄まじいデットヒ−トを目の当たりに
見せる事も可能なわけで、皆して必然的に頑張れたのである。

多分その頃の日本の学力は、世界のトップレベルだったと
思う。


運動会の時、大スタ−がいた。
水を得た魚のように素晴らしいその子は、皆の憧れの的であった。
成績が良い、悪いなんて関係ない。
輝いていたその子の事は今でも覚えている。


勉強が出来ても、運動はサッパリの子。
その反対の子。
絵がものすごく上手い子。
歌が上手、ピアノが素晴らしい子。
手先が器用な子。
お習字が得意だった子。
誰もが皆の憧れだった。

みんな何かを持っている。
持っていない事をわきまえる。
自分の持っていないものを持っている子を「すごい」と思う。

それが「平等」という名のもとに、子供が傷つくからと番付けもナシ。
運動会はみんなで手をつないでゴ−ルイン。

「みんな一緒」の訳なのに「イジメ」はなくならない。
個性的な子は、落ちこぼれ扱い。
飛びぬけた子は、皆のレベルに合わさせられる。

登校拒否も引きこもりも起こるはずである。
ささいなことでもいい、遊びが上手でもいい、、何か一つ「楽しい事」があれば子供はそれだけで学校に行く。

「わきまえる」事を覚えさせたら、自分が見えてくるはずである。

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