趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

増田四郎著『都市』

増田四郎著『都市』筑摩叢書、同著『西欧市民意識の形成』講談社学術文庫、を読了。
 前書は、24日に読んだ同著者の『ヨーロッパの都市と生活』筑摩叢書に触れた日記に、恵(けい)さんが、学生時代に増田四郎先生の『都市』についてレポートを書かれたというコメントを下さったので、書棚から取り出し読むことにした。
 昭和27年に出版されたものを下敷きとして、その後、全編にわたって増補改訂をほどこしたもので、いわば教科書的で一分の隙もなく張り詰めた文章が流れていく。
 さすがレポート提出にはもってこいの本なのかもしれない。
 都市とは何か、市民とは何か、東洋になぜ市民としての意識が発達しなかったのか。ギリシャ、ローマ、そして中世の都市の成立とその背景、近代都市の成立へと論述される。
 旅でドイツやフランスやベルギーの中世都市に行くと、城壁に囲まれていたり、あるいはその城壁跡というのを知らされる。つまり中世都市とは第一に、軍事的な施設であり、第二に、教会が中心になっているという意味で精神的な中心でもある。第三に、真ん中に広場があって決まった日に市が立つという点で商工業の中心地でもある。こうした軍事的、精神的、経済的な三つの機能が聚落に結晶化されているのが中世都市であった。
 経済的な特色として、一方で封鎖的な自給自足圏を作ろうという気持ちと、他方にはでき得る限り遠くまで自分の町の経済的関連性を拡げていこうとする開放的な面を併せもつ。
 このことが市民の精神に影響し、外部にあっては商略と欺瞞と冒険の心情に生きており、都市の内部にあっては古い伝統と誠実さと秩序の規範に束縛せられている。殊に南欧と北欧では経済的な条件や環境の差に、その存立の基盤を異にして特長ある発展を導いていく。商業資本の利潤性の基盤というべきもので、イタリアの諸都市の活動は地中海の東方の基地を中継地としてのオリエント、インドや南海諸島、中国その他極東の商品である胡椒・香料・宝石・象牙・絹などの仲介貿易によって利益を得ていた。そうした奢侈品は等価関係の体系が成立していないものであり、独占的にして特権的な海運の力、運搬途中の冒険(海賊、難破の危険)を計算に入れた商略、競争・欺瞞などおそろしく不安定なものでもあった。不安定なものであればあるほど非合理的な莫大な利潤も生まれ、前近代的な資本蓄積がなされ、封建諸侯や君主を相手とした高利貸資本という投機的資本に転化していく。
 都市は領土的拡張を諮り、傭兵隊長を雇ってまで侵略欲を満たすため軍事的政治的な拡大を図っていく。端的にヴェネツィアとジェノア、ピサとの争いなど、結果、ローマ教皇に金を貸すまでの財閥が誕生し、メディチ家のように政治を牛耳るまでになる。
 一方、北欧の都市、西南ドイツ、ラインの下流や北フランスの経済的基盤はフランドル・オランダが基地となり、ハンザの商人によってバルト海の沿岸、イングランド全般が相互に結びついて価格体系圏の成立が見られ、その取引された商品も羊毛、毛織物、麻織物、ワイン、金属製品、にしん、塩、木材、穀物のような日常生活必需品であった。
 一人のイギリス商人の伝記が紹介されている。漁師の次男坊ゴドリックは親を助けて行商人となり、後に小規模な遍歴商人となって仲間もでき信用も博して大勢の人と一緒に船を持つに至る。外国貿易にも従事し、幾度かエルサレムにも巡礼する。ところが一定の限度に達したとき、彼は反省する。今は大きな財産を得て生活に困らないが、町には困っている人がたくさんいる、と自分の全財産を救貧事業に寄付して自分は修道院に入って余生を送る。後に聖者セーントという称号をもらい後世に名を残すこととなった。
 簡単に南北の都市比較をすると、南欧は商業資本・両替資本・高利貸資本がやがて国際的な金融資本へ、そこからコスモポリタン的な人間が育ち権勢並ぶもののない財閥をつくる形に転化する。一方、北欧は自分の財産を分けて危険を分散し船舶共有組合やカンパニーへと、後の会社へと発展していくのだ。
 私がつまみ食いして書くと格調が失せるので止めよう。
 後書『西欧市民意識の形成』は私には難しすぎた。目は活字を追っても頭に入っていかない。敦厚(とんこう・真心が厚い)、官衙(かんか・官署、役所)、内訌(ないこう・内輪もめ)など辞書を調べてやっと解るような言葉、いや記述そのものも『理論』や『社会科学研究』に発表した論文であり、専門的で基礎知識のない私には難解な文章であった。

コメント

コメントはログインすると見られるようになります。