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5日以来の日記。ここ数日寒い日が続いて、歳前の少雪を取り戻すような積雪に運動不足を解消した。初練習の後の新年会の翌日、友からのメール「頭涼しくなかったですか」と、店にロシア帽を忘れたことを知らされた。全く自覚症状がなく重症かもしれない。
 ここ数日に読んだ本。木村尚三郎著『近代の神話-新ヨーロッパ像』中公新書。
 戦後における欧州経済共同体の成立と発展、1968年の域内の関税の撤廃、その後の政治的統合、通貨の統一、欧州連邦の形成への目標に向かっての歩みの中で、少なくとも今後もはや西ヨーロッパ内部に戦争はありえない、と1975年に木村先生は書かれている。
 それは、たとえばフランスは1939年9月、なぜ交戦状態が開始されて2ヶ月足らずであっという間にドイツに降伏してしまったのか。なぜフランスは最期の一兵、国民の最後の血の一滴にいたるまで、ドイツと徹底的に戦おうとしなかったのか。
 祖国のための戦争、熱い国民感情に支えられた戦争、究極的には一国単位の「土」を防衛し「土」に殉じる戦争は、第一次世界大戦をもって歴史的に終わりを告げた。
 「ヨーロッパは良くも悪くも一つの運命共同体」という意識が生じ、内部における徹底的な戦いを不可能にしていた、と。
 このほか、新時代区分論、ペスト、寒冷化と低成長の時代、魔女狩りの精神風土、共感なき共存の形式など、中世以来の歴史をグローバルに論述している。

 山崎豊子著『運命の人(三)』文春文庫。
 沖縄返還の密約事件。結局、最高裁まで行って有罪の確定。愛し合った仲であった筈の彼女の手記、男と女の愛の結末の迎え方の違い。
 家族という愛すべきものがあるにもかかわらず、哀しいかな心惹かれてしまった人間の性。しかしその最後の受け止め方は、男はどこかに相手に対して優しいものを残してしまうと感じたのは、自分が男だからかもしれない。
 しかしこの事件の肝心なところはここにあるのではない。

 平野啓一郎著『日蝕・一月物語』新潮文庫。
 芥川賞となった『日蝕』は著者23三歳のデビュー作で、三島の再来と言われた作品。『日蝕』は中世ルネサンスの修道僧の物語であるのに対し、『一月物語』は明治30年、奈良県十津川村から始まる物語。いずれも擬古文体でルビが多用され、知らず知らずに小気味よく読み進める。
 例えば、こんな風。
 「疑うべくもない。果たして彼方の月下に輝くのは、幾夜をも重ねて見続けた、夢の女の裸体であった。苦痛にも似た狂おしい歓喜の奔流が、堰をきったように肉体を駆け巡った。真拆は、何か別の痛みを以てそれが分かたねば耐え得ぬかの如く、右手で激しく胸の肉を絞った。鼓動が高まる。顎を突き出して、喘ぐように息をする。露になった白皙の頸領は、月華に映えて、雪花石膏の彫像のように浮かび上がっている。
 女は真拆に背を向け、ゆっくりと髪に手を掛けた。嫋やかな指が、琴を奏でるようにしてそれを束ねてゆく。指の隙より幾本かが零れ、それを掬おうとして両肘が翅のように大きく揺らめく。
 記憶は疾走し、女はそれを優雅に摸した。夢と違う所は一つだにない。」(p299)
 たくさんのルビが振られているが、省略。この程度ならなくても読める。次は、ショパンとドラクロアの交流を軸に書かれているという、長編『葬送』を買いに行こうと思う。

 もう一冊は、41年前に求めた文庫本でもう黄色く色づいてしまっている。
 吉川幸次郎著『陶淵明伝』新潮文庫、定価90円。
 読み進むと、色あせたカラーで印の付けられたところが出てきて、懐かしくなった。
――閑(ひそ)まり静かにして言(ことば)少なく、栄れと利とを慕わず。
――書を読むことを好むも、甚だしくは解することを求めず。ただ意(こころ)に会(かな)うこと有る毎(たび)に、便(すなわ)ち欣然として食をすら忘る。
 やはりこれはルビがあってはじめて、正しく読める。
 気に入った条に出くわすと、欣然として反復熟読し、そのため食事を忘れることさえある、というのだが、理詰めで正しく理解して読んでいるわけではない自分への言い訳のために、以前に印をつけたのかもしれない。

カテゴリ:ニュース・その他

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