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よくあるご質問

無くなりつつある物

今朝のラジオの放送の中で、この所
急速に無くなった物は何かというお話を
していた。

その一つは「炬燵」。
ホ−ムセンタ−の「炬燵売り場」が、極めて
小さくなったそうな・・・。

「無い」というより、「出さなくなった。」らしい。
ふと気付くと我が家も今年炬燵を出していない。

一家の団欒の象徴のようであった炬燵。

    うたた寝の 夫を案じて 置炬燵

昔創った愚作である。
炬燵がなければ、こんな句も生まれない。

昨年までの35年間、ずっと炬燵があった。
ここ10年位は、愛犬ベルのためのものだった。
彼は炬燵が大好きで、炬燵掛けのお布団の
ある場所が彼の定位置であった。
寒くなると、炬燵をせがんだものだった。
でも、今思うと彼のおかげで「炬燵のある生活」が
できていたような気がする。

今年は彼はもういない。
そのせいばかりではなく、忙しく暮らしている
私達夫婦には炬燵に入っている時間がない
のである。
それと、空間が狭くなり、足元が危ない気がする。
入ってしまうと、腰が重くなるのも事実である。
暖房やスト−ブなどで十分暖かく過ごせる。
ライフスタイルの変化もあるのだろう。

しかし、それでもそういう事とは別に「炬燵のある
生活」になぜか人生の余裕を感じる。
便利とか不便とかいうお話ではない気がする。

やっぱり、今から炬燵を出そうかな・・・。

もう一つの無くなったものは「セ−タ−」だそうである。
わが店でもそうだが、「セ−タ−売り場」には、以前の
五分の一、いや一番多かった時の十分の一位しか
在庫の量がなくなった。
軽くて暖かい、しかも手入れが簡単な物が対当して
きたからである。
ご存知フリ−スやソフトサ−モなどである。

手編みのセ−タ−を一針ずつ編んでいた頃の方が
豊かだったような気がしてならないのは何故?

時代と共に、年齢や生活様式と共に無くなって行く物。
出来るだけ残しておきたいものである。

カテゴリ:ニュース・その他

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