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よくあるご質問

又又スプレーガンの絵 呑兵衛爺の暮れ暮れ草(25)

又又続けることとなった。講座期間中、少人数の講座学級であったから、休憩時間には同じ講座受講者同士よく話しに花が咲いた。顔に過去の人生を刻み込んできたような、年齢以上に老けた人やら、いろいろの人生や経歴を背負った人たちとの対話が私には楽しみの一つでもあった。学級の中には住宅が自転車で行ける距離のKAさんがいた。話好きで、かつ人の話にもよく耳を傾けてくれる人で、講座終了後もお付き合いが続いて、賀状交換や訪問をさせて頂いている。しかし受講生の中にサングラスを掛けて、長髪も伸ばし風体も少し怪しげな人物がいた。隣席や近辺の受講生は彼のことを奇人とか変人と称していた。私は彼とは席が離れていたが、休憩時間たまたま一緒になって彼と話を交わした。彼は利己主義者で、なるほど他の人と少し違うなとすぐさま感じ取った。しかしその反面これまでどのような人生を送って来たのか興味もそそられた。彼の名前を仮にKOさんと呼んで当時の彼のことを述べてみよう。私より数歳上であるが、まだ独身で、私と同齢のような若さを感じた。KOさんは知多のアパートに一人暮らしをしており、郷里は熊本だったか、とにかく九州出身で、母親は存命中だが、30年以上郷里に帰った事は無いそうだ。知人や友人は無く、アパートには電話も無く。連絡は郵便しかない状況であった。勿論、当時出回りだしていた携帯電話などを所持するはずも無かった。彼も転職の経験があると言っていたが業務は3K(危険・きつい・汚い)の仕事が多かったと言う。若い時から独学で油絵を描き続けているともいう。酒は飲むが煙草は吸わない私と共通性はある。最近新しいパソコンを購入して絵画を描くために、いろいろソフトを試していることを説明したが、当時の私には何のことやら、チンプンカンプンで全く理解出来なかった。現在なら、KOさんの話を聞けば「フォットショップ」や「レタッチ」のソフトのことだなと推測が出来て、わかってあげたのにとは思う。講座も終盤近くになって「鼈甲塗り」のテーマが終了した時、KOさんが私のところに来て、茶色の塗膜で亀の甲羅「鼈甲塗り」の鉄板を差し出して私に、貰ってくれと言う。私は怪訝に思って要らないよと言うと、顔を真っ赤にしてどうしても、貰って欲しいと言うので、何か私に対するメッセージかなと考え、鼈甲塗りの鉄板を受け取った。現在私の作品と併せて2枚所持している。それまですでに数枚の課題作品を修了しているので、試しにKOさんに尋ねてみた。「今までの作品はどうしたの」彼は言い放った。「捨てたよ。全部」私はびっくりして聞き返した。「ええっ!一体何処へ捨てたの」「ゴミ箱だよ。地下鉄駅のゴミ箱とか・・・」


画像の左は私の作品、真ん中がKOさんの作品である。塗布幕の技術の面からと、デザインの模様の二通りの評価が可能であるが、さて皆さんはどちらの模様が好きですか。
右側の画像は明朝体の文字書きで10数年前、受講中、私が作成したもの。当時講座の指導員が文字書き技術を維持するだけでも毎日2時間の練習、技術向上を目指すなら毎日その二倍以上練習が必要で、銭の取れるプロになるには数年以上の修業が必要とのたまった。

鼈甲の色滴らしまむし酒  石塚友二

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