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よくあるご質問

レルヒ以前

日墺スキー100年記念祭、レルヒゆかりの各地で盛大に行われているそうだ。
 
 レルヒ来日以前、とくに、国内に於けるスキー事情、その時代の認知度、興味引かれる史実だ。
 
 1801年、間宮林蔵が樺太に遠征、ストーを履き毛皮服を身に着けた図は、これまで多くの教本から見ることが出来る。樺太に渡った当時の日本人はストーを経験しているはずだ。

 1895年、松川陸軍大将等、軍関係者がスキーを持ち込んだことも、スキー雑誌より伺う事が出来るので何れの機会に・・・

 ここで、興味引かれる三人の外国人のスキーについて、少し述べてみる事に・・・

 1902年、神戸に住むP・オッテセン、八甲田雪中行軍の大惨事に心悼めて、本国ノルウェーからスキーを取り寄せ、六甲山麓で日本人にスキーを教え、日本陸軍にスキーを寄贈した経緯が残されている。

 1908年、ハンス・コラー、ドイツ語講師として北大に赴任、コラーの記延は、当時の北大関係者が残した書物に詳しく描かれているので、ここでは、コラーが持ち込んだとされるスキー技術書に興味。ヘンリーへークの「Der Schi」だろうか。

 1909年、アーゴン・ファン・クラッツァー、 オーストリーではレルヒ共、ズダルスキーの直弟子。
 来日直後から富士山麓や五色、吾妻の開拓で有名、又、在日外国人向けにスキーの通信販もしていた。
 1911年、レルヒ来日時に再会し、早速、富士山スキー登山を試みるも登頂残念。
 昭和29年「山と渓谷175号」に座談会の様子が記載。 
 昭和30年代帰国。インスブルックの養老院で深い眠りにつく。
 
写真・「Der Schi」ヘンりー・へーク著 1906年発行
写真・クラッツァーさんの晩年(白川義員氏撮影・太陽1966年   より転写)

カテゴリ:スポーツ・アウトドア・レジャー

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