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よくあるご質問

狗奴国から邪馬台国を考える

副題が”狗奴国から邪馬台国を考える”という邪馬台国シンポジウムに出席した。

はじめに6人の先生方の講演があり、その後その纏めとしてのシンポジウムであった。

最近の発掘などをも踏まえての講演で、今まで狗奴国を主題とした斯種講演はなかったことでもあり、各先生方の持ち時間40分では話しきれない内容で、それをシンポで補完するかたちとなったが、当然此処で結論が出るものではなく、やや尻切れトンボとの印象であった。

各先生の講演の題目は

「狗奴国から毛野国へ」
 ・・・西谷 正 九州歴史資料館館長

「女王と男王〜王号の系譜を考える」
 ・・・仁藤 敦史 国立歴史民俗博物館教授

「二・三世紀の列島東部、東海・狗奴国の風景」
 ・・・赤塚 次郎 愛知県埋蔵文化財センター副所長

「考古学上想定できる狗奴国と敵対の条件」
 ・・・大塚 初重 明治大学名誉教授

「〔新生〕倭国・王権からみた〔狗奴国〕」
 ・・・寺沢 薫 奈良県立橿原考古学研究所調査研究部長

「ヤマト政権は邪馬台国連合と狗奴国連合の合体で成立した」
 ・・・白石 太一郎 近つ飛鳥博物館館長

という内容で、個々の講演内容の紹介は膨大で省略するが、
私の感想として簡単に纏めてみると、

従来、狗奴国のあった場所として九州南部、紀州熊野、東海、群馬などが考えられてきたが、邪馬台国連合として大きなまとまりのあった勢力に対抗するものとして、一地方の狭い領域を考えるのはそぐわないと言う、白石氏の説に同調したい。
このシンポジウムでは濃尾平野が有力な候補地として紹介されたが、濃尾平野は生産力は高いと思われるし、東海の土器様式が東へ向かっているということなので、有力には違いないが範囲はもっと広いと思われる。
但し、現在の行政区分のように平面的な広がりではなく、点を線で結んだような広がりであっただろう。

各先生方の説には夫々の先生方の間でも賛否両論あるが、纏向遺跡出土の土器の大部分は東海の物と言うことなので、トヨの時代にヤマト政権は邪馬台国連合と狗奴国連合の合体で成立したという白石説に説得力があると考える。
この政権がそのまますんなりとその後の政権に繋がったかと言う点には異論もある。

最後に大塚氏の纏めでは、今後もなお古墳形態その他多くの面で整合性を考えていく必要がある、とされてシンポを締め括った。

カテゴリ:ニュース・その他

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