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『 煌めきの近代』 於 大倉集古館

維新を経て明治へ、日本の文化は諸外国との接触を契機として、それらを摂取しながらも江戸期までの伝統を維持して開発させるという、独自の展開をしていきました。
そのころ、大倉財閥 ( ホテルオークラ、大成建設など ) の創始者大倉喜八郎、その子喜七郎は、日本美術の蒐集と文化 ( 特に日本画 ) のスポンサーとして力を注ぎました。

蒐集した美術品展示するため日本初の私立美術館を開設したり、
昭和5年には、ローマで開催した 「 日本美術展 」
会場に和室を作り本格的に日本美術を紹介した展覧会で、イタリア政府主催と言いながら、そのスポンサーは大倉財閥。横山大観を団長とした団員の派遣費等も含め、現在の貨幣価値で10億円単位の私財を提供したと言われています。

今回はこのローマ展出品作品を中心に明治から昭和初期の、
橋本雅邦、下村観山、小林古径、横山大観らの絵、高村光雲・光太郎の彫刻、西郷隆盛、勝海舟、徳川慶喜の書などが展示されています。

左上 「 夜桜・左隻 」 横山大観 昭和4年
   ローマ展の目玉にすべく力を入れて描いたもの。
   満開から散り始めた桜が、篝火に照らされ華やかというより
   豪華な美しさに感嘆です。
  
 中 「 自在置物 蟹 」 江戸後期
   平和になった江戸時代、甲冑職人がその技術を生かして、
   自由に首や手足などが動く小動物の置物を造っていた。

 中 「 書・博物館 」 徳川慶喜 明治時代
   集古館・美術館の館内の扁額として、書いてもらったもの
 
 中 「 乾漆飾壺 」 赤塚自得 昭和5年
 下 「 秋色・左隻 」 横山大観 大正6年 2月27日まで展示

中  巻物・拓版画 「 乗興舟 」 伊藤若冲 江戸 ( 1767年 ) 時代
   版画を拓本を作るようにして刷ったもの。左右が逆転しない
  若冲 ( 84歳まで生きた ) 51歳の時の作品。タッチは若冲独特
  なもがみられるが、詩情豊かな雰囲気の作品でした。

右  「 梅花の詩 」 西郷隆盛 江戸後期
  隆盛の豪胆な、かつ配慮も忘れずに補うというイメージ
  そのものの書です。

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