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よくあるご質問

不「賛成」、「大目に」のコメント

Jさん。コメントありがとう。

「仙石元官房長官は」「その論理性のなさを見ると頭はかなり悪いとおもわれる」とわたしの日記「1例は1例」に書いたあとで次のコメントをいただいた。

「『東大生はすべて優秀だ』とはいえなくなる。
ここまでは賛成できますが、仙谷前官房長官のところまで話をもっていくのには賛成できません。少しは大目に見てやってください。」

賛成できずの今までのコメントは難癖(なんくせ)つけばかりであったが、それらとは異なるJさんのコメントはとてもよい。
なぜなら、わたしの日記内容の賛成点と反対点を記しているから。
反対の文章も、わたしの再考をうながすようで、わたしには心地よい。

OK。
書きかえる。

S政治家は、政治の記者会見の場であるにもかかわらず、「東大出」、「弁護士」を自慢する発言をした。

「東大出」の肩書は自慢するためのものではなく、入試と学業に努力した証というにとどめたほうがよい。

やや話がそれるが、自虐的な新聞投書が以前にあったと記憶する。
「わたしは東大卒で、平社員」といったような題であった。
世間の人よ、東大卒だからと特別視しなさんな、とみずからをまな板にのせて書いているのがすがすがしい。

はんたいに、「東大出」をハナニカケテ話すと、これを聞かされているほうがすがすがしくない。
だからS政治家にたいして記者団はしらけたのであろう。

自慢するなら、社会にでてからの業績を自慢したほうがよい。
もっとも、おおきに尊敬できる人というのは、社会的に大きな業績を残しながらも自慢しない人物である。

産業界には数多くいると思われる。

教育界でもいた。
わたしが学んだ心理学のK教授は、ミシガン州立大学のPh.D.(博士号)をもつのにもかかわらず自慢しなかった。
「カウンセリングとは、人の感情が研究対象。人の感情(の根本)は、年齢、職業、学歴などにかかわらず同じものである。だから、この講義では、わたしの学位も、参加者のそれぞれの学歴も関係なし。学者としてのわたしの相談よりも、カウンセリングのカの字も知らない心やさしき主婦のほうがすばらしい相談相手になる場合がある」と、のっけからの講義で言ったものだった。

業績としては以下。
冬はトースターで手を温めながら勉強したほどの貧乏学生ながら、刑務所の無料相談。著作多数にて、一部が文部省の教科書に引用される。おもしろくて、人気のある講義実績。

講義のあとでは、「きょうの私は、うぬぼれが強いかな」などと受講者から意見を聞いていた。


さて、弁護士。
「弁護士」であることを誇りに思って人に話すなら、「弁護士」としての「社会的実績」を他の場で語ってもらいたい。

なぜなら、「弁護士」と一括して表現してみても、なかには悪徳なものもいるし、「弁護士」の肩書を売り物にしてタレント然としている人もいて、はたして「弁護士」としての仕事の能力があるのかな、と疑問になる人もいるからだ。

わたしの判断だが、以上のようにできないのなら、その人のものの考え方は「非論理的」である。

また、自慢をする人は劣等感が強い人である。
これは無意識を研究対象にした精神分析理論であり、わたしもそう思っている。
優越コンプレックスは劣等コンプレックスの裏返し。

以上、Jさんのコメントへの返信であり、コメント欄では長すぎる内容となり、日記にする方がよいと思ったのでここに書いてみた。

カテゴリ:語学・国際交流・社会貢献

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