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よくあるご質問

ダンテの『神曲』

阿刀田高著『やさしいダンテ〈神曲〉』角川文庫、読了。
 著者の本は好んでよく読んでいるが、書棚に115冊まで数えたがまだあるかもしれない。『〇〇を知っていますか』や『〇〇を楽しむために』というシリーズもの、短編の名手の発想にいつも感心させられる。
 ダンテは1265年フィレンツェに生まれた詩人・政治家で、『神曲』は1304年頃から執筆され始めた「地獄編」(34歌)「煉獄編」(33歌)「天国編」(33歌)の3部からなる、トスカーナ方言で書かれた韻文の長編叙事詩。原題は『神聖喜劇』といい、森鴎外がアンデルセンの『即興詩人』の中で『神曲』という日本語訳名としたという。
 執筆のきっかけとなったのは、当時のイタリアの教皇派と皇帝派の対立と、その抗争を制した皇帝派内部の「白党(ダンテが属する)」と「黒党」の政争に敗れ、市政の重鎮でもあったダンテはフィレンツェを追放される。ダンテを陥れた人物や政治的不義に対する怒りもあり、またダンテ9歳のとき見かけ心惹かれたベアトリーチェに9年後に再会(双方18歳)するも、その後、銀行家に嫁いだベアトリーチェの死(24歳で夭折)を知って嘆き悲しみ、愛を象徴する存在としてベアトリーチェを登場させている。

 「そのたおやかな女(ひと)は、とある道を歩きながら、ひどくおどおどしていたわたしの方へその眼ざしを向けて、いまは永遠の世(来世)で報いられている、あのいいようもなくしとやかな物腰でわたしに会釈しましたので、わたしはいまさらに神の恩寵の極致を見る思いがしました」。
(『新生』三浦逸雄訳より)。
 この『新生』角川文庫(定価100円)も、43年前に求めていたのだが未読であった。

 『神曲』は3行を一連とする「三行韻詩」で、各行は11音節からなる3行が一まとまり、三行連句の脚韻が連なっている。手元の岩波書店の『図書』に河島英昭訳の『神曲』が連載中で、2011年2月号は煉獄編の第二歌、その76行から81行は以下のよう。

そういう彼らのなかから、一人が、私の前に進み出てきて、
 溢れんばかりの愛情も露に私を抱き寄せようとしたので、
 私のほうも同じように親しく相手を掻き抱こうとした。

ああ虚しいかな霊魂とは、外見のほかには何もないのだ !
 三たび両手をまわして相手を抱き寄せようとしたが、
 そのたびに虚しく私の両手は胸元へ戻ってきてしまった。

 煉獄は地獄を抜けた先にあり、永遠に罰を受け続ける救いようのない地獄とは異なり、悔悟に達した者、悔悛の余地のある死者がここで罪を贖う。ダンテは煉獄の山頂で永遠の淑女ベアトリーチェと出会い、彼女に導かれて天国へと昇天するのだが、煉獄ではベアトリーチュの厳しい叱責を受け、懺悔を求められる。
 「あなたが進むべき善の道を私が指し示したのに、私が死んでしまうと、道のなかばであなたはよそごとに走ってしまいましたね。あなたの道を遮るどんな濠があったのですか」
 「はい。その通りです。あなたの顔が隠れてしまうと、私はさまざまな快楽に誘われ、道を踏み外してしまいました」。
 しかし最後にベアトリーチェは永遠の輝きをもって微笑む。

 煉獄の前域にある第一の台地は破門者、第二の台地は遅悔者、そしてペテロの門をくぐると第一冠に至り、ここは高慢者、第二冠は嫉妬者、以下、憤怒者、怠惰者、貪欲者、暴食者、愛欲者が悔い改め、やっと山頂に至る。そこは地上の楽園で煉獄でも最も天国に近いところ。いずれも3の倍数で均整のとれた構成で、詩編は進行していく。
 そして天国編へと導かれ、各々の階梯で様々な聖人と出会い、高邁な神学の議論が展開される。天国に上り詰めたダンテは天上の純白の薔薇を見、この世を動かすものが神の愛であることを知ることをもって完結する。

 聖書はもちろん、ギリシャ・ローマ神話からアリストテレスの倫理学やウェルギリウス(地獄の案内人)の哲学や詩が多用され、百科全書的基礎知識がなければ理解も容易ではないが、阿刀田さんの本は物語風にわかりやすく読み解いてくれる。
 『神曲』の名訳者として名高い平川祐弘著『中世の四季 ダンテとその周辺』河出書房新社刊も、7年前から机のまん前の書棚にあって気になっていたのだが、今回の文庫を読んだのを機会に読もうと思う。

カテゴリ:ニュース・その他

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