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よくあるご質問

『中世の四季 ダンテとその周辺』

平川祐弘著『中世の四季 ダンテとその周辺』河出書房新社、を読了。
 著者は東京大学名誉教授で比較文学者。1944年に卒業した東京高等師範学校付属小学校の同級生に芳賀徹(比較文学)、石井進(日本中世史)、高階秀爾(美術史・美術評論)、平田賢(機械工学)がおられ、後に5人とも東大名誉教授に。まさに栴檀は双葉より芳し。
 平川先生は修士課程中に5年余りフランス、イタリア、ドイツに留学して各国語に通じ、比較文学・比較文化について研究。東大教授でドイツ文学者の竹山道雄(『ビルマの竪琴』の著者)先生の女婿であり、長女の工学院大学安立節子准教授も比較文学者だという。
 教養のとき北大講師時代の川端香男里先生(比較文学・ロシア文学、現東大名誉教授。書棚に『ロシア』、『ユートピアの幻想』講談社学術文庫がある)が私の大学で英語を担当され、初回の講義の自己紹介で「比較文学とは」、とともに川端康成の養女と結婚して川端家の養子となったことを話されたが、実妹が美術史の若桑みどり先生とは知らなかった。

 『中世の四季』の扉に、「『神曲』は深く豊かな世界である。そのわずか数行ないし十数行の小節でも、丁寧に読めば深い楽しみにひたることができる。(略)私はダンテの現代語訳者として、難解という先入主を一掃し、『神曲』にルネサンスの新風を吹きこもうと試みたのである。本書が私の「『神曲』講義」たる所以である」と、記している。
 例えば、2月28日の日記 http://smcb.jp/_ps01?post_id=2917972&oid=88829
 に掲げた河島英昭訳と、平川祐弘訳を比較してみると、下段が平川先生訳。

そういう彼らのなかから、一人が、私の前に進み出てきて、
 溢れんばかりの愛情も露に私を抱き寄せようとしたので、
 私のほうも同じように親しく相手を掻き抱こうとした。

     その一人が前へ進み出て、
      親しげに私を抱きしめようとした、
      私もつられて彼を抱きしめようとした。

ああ虚しいかな霊魂とは、外見のほかには何もないのだ !
 三たび両手をまわして相手を抱き寄せようとしたが、
 そのたびに虚しく私の両手は胸元へ戻ってきてしまった。

     ああ空しい影よ、姿こそ見えるが実体はないのだ !
      三たび腕を私は彼の背中へまわしたが、
       三たび腕はこの胸へ戻ってきた。
  
戦時下の日本で、大学を追われた矢内原忠雄教授は私的に開いた「土曜学校」で『神曲』を講義し、「私はそんなに優れた導き手ではありませんが、少なくとも性質だけはウェルギリウスとダンテとの関係が私とあなた方との関係でなければならない」と、『神曲』をダンテ学の研究としてではなく、「人生の歩み方を知る」ための書として選んだという。
 比較文学者として、『神曲』地獄編第三歌の冒頭の9行(イタリア語によく通じていない人でもこの9行はそらんじている人がいるというが)、「地獄の門」の部分の森鴎外訳(ドイツ語訳から)、夏目漱石訳(英語訳から)、上田敏訳、山川丙三郎訳(岩波文庫)を詳しく解説紹介している。例えば夏目漱石訳(厳密にいえば誤訳であると先生は記している)。

 憂の国に行かんとするものは此門を潜れ。
 永劫の呵責に遭はんとするものは此門をくぐれ。
 迷惑の人と伍せんとするものは此門をくぐれ。
 正義は高き主を動かし、神威は、最上智は、最初愛は、われを作る。
 我が前に物なし、只無窮あり我は無窮に忍ぶものなり。
 此門を過ぎんとするものは一切の望みを捨てよ。

 上野の国立西洋美術館にある『地獄の門』はロダンが深く傾倒したミケランジェロの『最後の審判』に触発されて、『神曲』からモチーフを拾って制作されている。そして『地獄の門』をブロンズに鋳造するように最初に注文したのは、日本の実業家松方幸次郎であった。
 マリア崇拝、フランチェスカと晶子の歌、『神曲』における正義、ダンテにおける師弟関係、ダンテの場合とテニスンの場合、ダンテとジョット、ダンテの中の科学者と詩人、ダンテとボッカッチョなどなど、ダンテの魅力について400頁に亘って綴られている。
 『小泉八雲―西洋脱出の夢』でサントリー学芸賞を受賞。そのサントリー財団の紹介文に、「限りなく芳醇かつ流麗であり、思わず息を呑む。美しい文章が、学術書の場合ですらいかに強く読者の心を捉えるものか。(略)「文章は少なくとも三度書き直さなければならない」とするハーンの態度は、明らかに著者自身の態度でもあるだろう」と。

 写真は、平川祐弘先生。フィレンツェのサン・ジョヴァンニ洗礼堂のミケランジェロが『天国の門』と讃えたロレンツォ・ギベルティの東の扉、そしてロダンの『地獄の門』

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