趣味でつながる、仲間ができる、大人世代のSNS、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)

よくあるご質問

《祈り》は必ず届く。

ちょっと後ろめたさを感じながらコンサートホールに出向いた。札幌交響楽団の第537回定期演奏会で、日中に解けた雪も6時を過ぎると走り過ぎる車に跳ねられて、道路はささくれ立ったように凍っていて歩くとパリパリと音を立てていた。
 ホールロビーに入ると盛装したたくさんの楽団員が募金箱を持って義捐金を募っていた。
 開演前に札響正指揮者の高関健さんがステージに立ち、今回の地震・津波で亡くなられた方・被災された方々に、心からの哀悼とお見舞いの意を述べられた。
 そしてプログラムの最初に、追悼のための曲(チャイコフスキー作曲、組曲第4番ト長調op61「モーツァルティアーナ第3曲《祈り》」を演奏すること、「拍手はご遠慮申し上げます」。
 こう言ってくれることはありがたい。どうしたらいいのか聴く方も迷うから。
 モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」のメロディーそのものの曲。

http://www.youtube.com/watch?v=ZgbsYKDfcK8&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=6KUDs8KJc_c

 プログラムはマーラーの「交響曲第7番ホ短調「夜の歌」の一曲(80分)だけ。
 指揮者の高関さんはマーラーの研究家としても名高い。
 以前にマーラーの「千人の交響曲」を高関さんの指揮で歌ったことがある。
 若いころカラヤンのアシスタントを勤められていて、ベルリンフィルでこの7番「夜の歌」を取り上げたとき(フルトヴェングラー以来という最も演奏回数の少ない曲なのだが)、指揮者の小澤征爾さんが風邪で倒れて、急遽代わりの指揮者となり、その時ビオラ奏者が3人欠けた事で高関さんがビオラを受けもったという曰くつきの曲でもあった。
 通常、ベルリンフィルのコンサート練習は1日だけなのだが、この時は2日だったという。しかし、急な指揮者の変更で一小節を2つ振りか、4つ振りかの混同が団員に生じて途中で破綻したのだという。
 「今日はそんなことはありませんから」。
 昨年はマーラー生誕150年、そして今年は没後100年という記念すべき年。
 106年前に作曲されたこの曲は、1908年に楽譜が出版されたが、誤植が多く不完全で訂正表が楽譜に添付されているようなものであったし、パート譜はもっと遅れてプラハの初演では手書きのものが使われていたという。
 作曲者と深い信頼関係にあった指揮者のメンゲルベルクはマーラーによる練習にもすべて立ち会って、作曲者の指示を自分のスコアに細かにメモしていたという。
 (メンゲルベルクの第4番のレコードを持っているが、その演奏の音の繋がりのポルタメントの甚だしさは、聴く方の心が溶けてしまいそうなほど)。
 その後、この手書きのパート譜とマーラー所有のスコアの所在がわからなくなってしまい、未だに行方知れずになっている。国際マーラー協会が改訂版を出版するも、なお多くの間違いや不統一があり、高関さんはその解消を目指して自身の考えで変更を書き込み、これまで演奏を繰り返してきたそうだ。
 高関さんは、国際マーラー協会の最新の研究成果による「新作品全集」出版の編集責任者のクビート博士と知己を得て、徹底的な検証をして(「新作品全集」での改訂は1000箇所を超える)今日の演奏に追加したと解説された。
 テノールホルンやギター、マンドリン、カウベル(牛の首に付けている鐘)など珍しい楽器で繊細な響きに色彩感を添え、巨大な楽器編成のマーラー屈指の大作であり、その演奏もものすごい集中力で、「頑張らなければ」と大きなエネルギーを戴いて帰ってきた。
 帰ってきてメールを開くと、乳がん手術の病理検査結果が出て、「全く問題がなく継続治療の必要もないとの結論を得ました」という友人夫妻からの嬉しい便りであった。
 少しでもいいことがあれば、力が湧いてくる。
 被災された方々にもそれが、と祈らずにはいられない。

「祈り」は自分の中の傲慢さを殺いでくれるような気がする。

コメント

コメントはログインすると見られるようになります。