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よくあるご質問

あれから〜

2週間が過ぎてしまった。
死亡者が一万人、不明者が二万人。
天文学的数字に言葉もでない。
毎日の新聞、テレビの報道に思わず泣いてしまう。

「泣いてなんかいる暇はないのさ」
被災者の皆さんの前向きな姿、言葉に逆にエネルギーを頂いている。なんとエレガントな人達なんだ。人に感謝する気持ちを忘れない。東北人の底ちからを感じた。皆さんを心から尊敬します。

震災で亡くなった多くの命。そのご遺族たちの悲しみはいかばかりかと・・私はきっと生きていけないと思う。弱虫だから。

義母がまだしっかりしていたころ、関東大震災で東京の町が燃えるのを幼い頃、父親と一緒に高台から見ていたことを覚えていると言っていた。

「お義母さん、恐ろしい大地震が起きてしまったのよ」と
テレビのニュースを見せてもなんの反応もしない。

 週に2日のディサービスも月1回のショートもケアマネージャーさんからお断りをされてしまい完全なる自宅介護になってしまった。理由は食事が摂れない、血圧が低くて入浴が無理だから。通所の際、車の乗り降り、移動すら疲れ果てて、かえって通うことが義母の為にならないから。

 このところ食事は数口単位で車椅子で家内の移動も出来なくなった。

 明日は義弟の13回忌の法要。ショートに頼んであったが、
受け入れ拒否でツレ一人で行くことに。

 義弟が突然死した時、まだおむつの取れていなかった忘れ形見の下の男の子が高校の試験に合格したという。

「お義母さん、K君がね。県で一番いい学校に合格したそうよ。それに背も171センチだって。大きくなったって。」と耳元で話すとニコリと笑った。理解したのかどうかは確かではないが。間違いなく喜びの顔だった。

 義母は「K君が青年になるまで生きたい」と言っていた。
息子の面ざしと遺伝子を受け継いだその幼子が、息子の生まれ変わりのようになって自分の目の前に現れてくれるのを待ちたかったのだと思う。

 義母が元気であれば当然、明日は墓にも詣でることができ、
息子の生まれ変わりとも再会できたのに。

 来月からはかかりつけのお医者さんに訪問して診て頂くことになった。看護婦さんにも来て頂くようになると思う。お風呂は体力を消耗するので拭くだけに。

 ツレはよくやっている。「君は入れる方ね。僕は出す方」
と嫌味混じりの冗談を言っているが・・・(私は食事、ツレは排便)ということ。

 今日は「もう無理に食べさせなくてもいい。薬も飲ませなくてもいい」という。飲み込むことが辛そうですぐに咳き込む。

 テレビを見ていたらリスボンが出てきた。欧州嫌いのツレが唯一好きな国ポルトガル。
「母さんのことがすんだらさぁ〜。行こうなリスボン」
「そうね。行こう。行こう」

「義母さんが済んだら〜」そんな会話が平気でなされている。

ツレはやれること精一杯やっているから悔いはないのだ。

「ときどき 首しめてやりたくなる。生きていてもかわいそうだから」と心にもないこと?を言ったりする。

「君が一人のときだったらすぐに暖房を消してよ。先生に言われた。死亡時間が推定しにくくなるらしいから」と平然と言ってのける。

 でも私一人のときは勘弁してほしい。

 だから明日のツレの留守が怖い。

こんなときに不謹慎な日記でごめんなさい。
コメントは要りません。
ご心配の伝言やらメール有難うございました。
私は元気です。

 皆様もどうぞお身体大切になさってください。


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≪昨年の今頃の日記です≫
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≪一昨年の今頃の日記です≫

あらら、気がついたら趣味人倶楽部が3年目になっていました。いつもお世話になります。拝。

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