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よくあるご質問

政治の役割とは・・・

桜の花が咲く季節になってきました。
いつもであれば「桜祭り」が各地で開催され、桜の下での宴会が報道される時期でもある。
今年は、そんな気分にもなれない事態になり、世の中暗い感じが漂っている。

それに輪をかけての民主党を中心とした「政治劇場」が国会周辺で賑やかに行われている。まさしく政権延命の「大連立」と世間では批判を浴びている。このような偽善的な大連立には私は反対である。

なぜ今、連立でなければならないのか、その必要性は感じられないにも関わらず、連立を呼び掛ける政権の意図を感じざるを得ない。野党の長年の経験を取り入れたいとするが、おいおい、民主党は前政権が日本をだめにするといって政権を取ったことをお忘れでは・・・・ないですよね。

この大震災は、民主党政権に対する「天罰」であり、すでに震災前から政権を維持する能力に限界があることを露呈していた。そのために「頑張れ日本全国行動委員会」などによる民主党政権打倒の国民的行動が進んでいたのであり、民主党政治への政治主導は国民の信頼を失っていたことからもわかるように当然大震災による危機的状況をうまく処理できるような体制は持ち合わせているはずもなかったのです。

報道されるように民主党政権の対応は原発事故を含めて、対応のまずさを連発する始末、すでに政権としての限界が見え始め、民主党自身が危機的現状にあることを認めることとなり、結果的に「大連立」というばくちを打ったもので、これほど国民を愚弄する行為はない。

自民党が引き起こしたこと、小沢一郎でなければ乗り越えられない、民主党はだめだというような意見が乱舞するが、政治の役割とはだれがいいとか、だめだとか言うことより、政治家としての「決断力」がなければ何の意味もないのである。

今回の菅政権の対応は、国民に政治家がいかにあてのならないものであるかということが示され、政治に対する国民の目は今まで以上に厳しいものとなり、政治家の在り方そのものが問題視され、小沢一郎的な、今までの政治家の行動がすべて否定され、国家感を持った政治家が登場することでなければならなくなってきたといってもいいだろう。

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