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よくあるご質問

?人より少し英語、人より多く英語?

コメントをもらった。
「人より少し英語を知っているのは、人より多く英語を勉強してきたから。それはあたりまえで、論理的か?」という疑問。

こういう質問のコメはいい。
アガサ・クリスティの名探偵・ポアロじゃないけれど、わが「灰色の脳細胞」はさらに鍛えられる。

しばし、沈思黙考。
かるがるしく、「そうだ」とか「ちがう」とか、ぺちょりと言わぬがいい。
「それをいっちゃおしまいよ」とフーテンの寅さんに言われるハメになる。

分かりやすい例をまずひとくさり。
子(孫)にものを聞かれたときの親(爺・婆)はすぐ返事する。

「ねえ。うんと英語を勉強すれば、ほかの人より英語がうまくなるの」
「うんそうだ」と答えて数日後に。
「玉ちゃんより僕は長く勉強しているけど、英語は玉ちゃんよりうまくならないよ。お父さんはウソつきだね」といわれる。

ウソつきと言われぬように再考する。
あいまいな質問には、絶対に答えない。
質問を具体化してから(筋のとおるようにしてから)答える。(論理的に証明する)

「ねえ。うんと英語を勉強すれば、ほかの人より英語がうまくなるの」
しばし沈黙。
「まず、『ほかの人より』は考えないほうが良い。
勉強は楽しくするもんだ。
楽しく勉強すればそれでいい。
ほかの人よりできたとかできないとかは考えないほうが良い。
つぎにはね。
英語を長く勉強すれば、英語がうまくなるといえるかどうか。
こまかくいうとね(具体的に話すとね)、英語を読む時間とその方法による。1時間の読み勉強なら、60分を2つにわける。30分の読み勉強をしたら休む。休むときは、英語や文字を見ない。体操をする。字を見るとか、英語の読みとおなじことを続けるとかだと、前にした勉強のことが頭に残らない(記憶効果がうすれる)。勉強、休み、勉強する。
まずこれをやる。もしだめなら、まだほかに方法がある」。

このように話すなら、オヤジ(オジジ)はたよりにされるであろう。
つまり、
「A:うんと英語の読み勉強をする」
(勉強方法の具体論)
「C:英語の読みがうまくなる」
と順序よくする。


最初のコメにこれをあてはめる。

まず、「A:した」(Action:行動)、「C:となった」(Conclusion:結果)の順にする。
「人より多く英語を勉強してきた = 人より少し英語を知っている」が成り立つか。

つぎに、具体的な文章にする。
「人より」とは誰のことか(あいまいな表現はとりあげぬほうが良い)。「英語」とは、なにをいうのか。「多く」とはなにか。「勉強する」とはどういうことか。

「A:Xさんは、英語のListeningに時間をかけた = C:Xさんは、英語のListeningがよくできた」

イコールか?
「時間をかければ」「Listeningはできる」か?
「ただやたらに時間をかけた」では「できる」ことはあるまい。


「A:Xさんは、英語のListeningに時間をかけた」

B(その時間は集中して聞いていた。聞き流すだけではなかった。分からない英語は、あとで調べるために頭にきざみつけた。暗記するがごとく熱心に聞いた)

だから、「C:Xさんは、英語のListeningがよくできた」のである。

AとCを連絡する論理的な(B)があるのでA=Cとなる。

(B)が空白なら、返答はできないし、すべきではない。
また(B)がおかしければ(非論理的であれば)、なにも言わぬがよい。

「A: Listeningに時間をかけた」
B(Listeningを調べるテストをしたら、カンニングしていた)
「C:英語のListeningがよくできた」。

これでは、(カンニングしていた)から「よくできた」のであり、「時間をかけた」からではない。

寅さんからは、「あったりめぇじゃねえか。なにをばかなこたぁいってやんでぇ。こいつはやっぱりばかか」とさんざんにいわれる。

筋がとおるA(B)Cの道筋をつけてから、初めて口をひらく。
さすれば寅さんも、あばよと逃げてゆく。



余談。
今回の日記は、むずかしく言えば論理学の勉強です。
学生時代の論理学といえば、数学のように数式がでてきて、よく学んだわりには実社会ではいまのところ役立っていない。
それよりも、日常の会話を文章化し、ABCで考えたほうがより役にたつ。

カテゴリ:語学・国際交流・社会貢献

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